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後日談冬4 卒業晩餐会、最後の灯

 卒業試験を終えて三日後。


 聖クロイツ学園は、卒業式を目前に控えた静かな高揚感に包まれていた。


 廊下には祝福の花飾り。

 掲示板には卒業生への寄せ書き。

 訓練場の喧騒すら、どこか名残惜しく聞こえる。


 そしてその夜。


 《境界線の晩餐》学園支店には、これまでで一番長い列ができていた。


「本日で学園支店、最後の営業です」


 フィオナが白い卒業記念ドレスにエプロンを合わせ、いつものように凛とした声で客を迎える。


 その声に、生徒たちのざわめきが少し静まった。


 最後。


 その言葉の重みを、皆が分かっていた。



 店内ではミーニャが慣れた手つきで料理を運ぶ。


「……ん。熱いから気をつけて」


 銀の尻尾が嬉しそうに揺れる。


 彼女にとっても、この店はただの部活動ではない。


 シュウと過ごした時間そのものだった。


 奥ではエレインが、最後の魔法演出として淡い星灯りを皿の上に散らしている。


「今日は特別よ。卒業記念の一回きり」


 料理の湯気に溶ける星光が、どこか儚い。


 リィネは客席を見渡しながら柔らかく微笑む。


「……ふふ。皆さま、今夜は未来まで記憶に残る味になりますわ」


 その言葉通り、今夜の空気は特別だった。



 厨房。


 シュウとガストンは無言に近い集中で包丁を振るっていた。


 深層きのこの濃厚シチュー。

 秋鮭の香草焼き。

 雪原鳥のロースト。

 春市で覚えた王都風ソース。

 雪見温泉遠征で仕入れた根菜の白煮込み。


 春夏秋冬、ここまで積み上げてきた全てを詰め込んだ卒業記念コース。


「ガハハ……こうして見ると全部繋がってんな」


 ガストンが珍しく少し静かな声を漏らした。


 シュウは鍋を見つめたまま頷く。


「……全部、うまくなった」


 春の店開き。

 夏の湖畔実習。

 秋祭の大行列。

 冬の雪原採集。


 全部が、この一皿へ続いている。



 夜が更けるほど、客足は増えていった。


 後輩たち。

 騎士道部。

 魔導研究会。

 新入生。

 そして何度も通った常連たち。


「卒業しても絶対食べに行きます!」

「次は王都支店ですか!?」

「北方遠征でも店やってください!」


 そんな声に、フィオナが笑う。


「その時はもっと大きな店にするわ」


「……ん。移動食堂」

 ミーニャがテツクズ号を思い出して耳を揺らした。


「雪原でも空白の層でも営業できるわね」

 エレインが冗談めかして言う。


「未来ではかなり繁盛していましたわ」

 リィネが意味深に微笑む。


 半分冗談で、半分本気。


 卒業後の未来が、もう現実の話になっていた。



 最後の客を見送ったのは、夜もかなり更けてからだった。


 店内にはもう五人とガストンしかいない。


 魔法灯が柔らかく揺れ、使い込まれた厨房設備が静かに湯気を吐いている。


 誰もすぐには片付けを始めなかった。


「……終わっちゃったわね」

 フィオナがぽつりと呟く。


「……ん」

 ミーニャが小さく頷く。


 エレインは窓の外の雪空を見上げる。


「ここで何回、星を灯したかしら」


「数え切れませんわ」

 リィネが微笑んだ。


 全部、楽しい記憶だった。



 シュウは最後の鍋を火から下ろし、小さく息を吐く。


「……悪くない」


 その一言だけで、全員の胸が熱くなる。


 始まりの頃から変わらない、彼なりの最大級の賛辞。


 だからこそ、今夜は特別に重かった。



 片付けを終え、店の暖簾を外す。


 学園支店の看板が静かに下ろされる。


 けれど寂しさだけではない。


 この場所で育った時間は、

 次は王都へ、

 北方へ、

 世界の果てへ続いていく。


 テツクズ号の移動食堂。

 王都市場。

 北方禁域。

 空白の層。


 すべての未来が、この店の延長線上にあった。


「卒業したら、次はもっと遠くで食べさせてやる」

 シュウが言う。


 一瞬、全員が息を止める。


 それは旅の約束であり、

 これからも一緒にいるという宣言だった。


「……うん」

 ミーニャが最初に頷く。


「もちろんよ」

 フィオナが笑う。


「未知の味ならどこでも」

 エレインが耳を赤くする。


「未来でも、お供いたしますわ」

 リィネが柔らかく微笑んだ。



 店の灯りが消える。


 けれどその温もりは、誰の胸にも残っていた。


 卒業まで、あと少し。


 そして次は、想いを伝える夜がやってくる。

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