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後日談秋5 精霊眼が視た、空白の層

 秋の夜は高い。


 学園祭の喧騒が去った聖クロイツ学園は、どこか静かな余韻に包まれていた。


 その夜、学園中央塔の最上階――魔力観測室。


 窓一面に広がる夜空には、無数の星々が澄んだ光を散らしている。


「どうして補習にあなたを呼ぶ流れになるのよ……」


 翡翠色の長い髪を揺らしながら、エレインは観測用の星図板を抱えて振り返った。


 今夜の彼女は学園の制服姿だが、上から薄い観測用ローブを羽織っている。


 塔の窓から差し込む月光が、その横顔を淡く照らしていた。


「お前が来いって言った」

 淡々と答えるのはシュウだ。


「そ、それは……精霊眼の補助に魔力の質が必要だっただけよ」


 耳が少し赤い。


 本当はただ、秋祭の忙しさが終わった後に静かな時間を一緒に過ごしたかっただけなのだが、本人は認めない。



 観測室中央には巨大な魔法陣が描かれている。


 星図。

 迷宮層図。

 地脈。

 北方山岳演習林で見つけた古代搬送路の写し。


 それらが何層にも重ねられていた。


「これ、夏の山で見つけた鉄路まで入れてるのか」

 シュウが星図板を見下ろす。


「当然よ。あれだけ綺麗な魔力導線、ただの古道なわけないじゃない」


 エレインは指先に小さな精霊光を灯す。


 翡翠色の光が星図板へ落ちると、無数の線が夜空の星座と重なり始めた。


 北方へ向かう古代搬送路。

 夏の終わりに消えた星の位置。

 王都古地図の封印区域。


 全部が一つの座標へ吸い寄せられていく。


「……ここ」


 エレインの精霊眼が細められる。


 夜空の北端。

 本来あるはずの星が、まるで“喰われた”ように欠けていた。


 ぽっかりと空いた闇。


「星が……ない」

 シュウが低く呟く。


「ええ。ただ消えたんじゃないわ」

 エレインは息を飲む。

「魔力も、座標も、空間そのものが欠けてる」


 それは地下の迷宮ではない。


 もっと外側。


 世界の輪郭、そのものに空いた穴。



 しばらく、二人は黙って星空を見上げていた。


 塔の高窓から入る秋風が心地いい。


「……綺麗だな」

 シュウが珍しく素直に漏らす。


「星?」

「お前の魔法」


 一瞬、エレインの耳がぴくりと跳ねた。


「……そ、そういうの、急に言わないで」


 頬が赤い。


 だがその横顔は、どこか嬉しそうだった。


「一回だけよ」

 彼女は小さく指を鳴らす。


 次の瞬間、観測室いっぱいに無数の精霊光が舞い上がった。


 星空の再現。

 紅葉色の流星。

 月光の粒。


 まるで二人だけの小さな魔法プラネタリウム。


「特別な観測実習なんだから」


「……悪くない」


 シュウのその一言だけで、エレインの耳先がさらに赤くなる。



 やがて彼女は星図板の一点を指差した。


「第21層の下、じゃない」


「?」


「もっと外よ」

 翡翠の瞳が真っ直ぐ北の闇を映す。

「世界の縁。空と地脈の境界、その外側に……“空白の層”がある」


 その言葉は、あまりにも自然だった。


 まだただの観測結果。

 ただの学園補習。

 まだ卒業前の青春の一夜。


 けれどその答えは、確かに未来へ続いている。


「卒業したら、確かめに行くの?」

 エレインが小さく尋ねる。


 シュウは夜空の欠けた一点を見つめたまま答える。


「……腹が減る」


「もう、そればっかり」


 くすり、とエレインが笑う。


 その答えが、何よりシュウらしくて安心した。



 観測実習を終え、塔を降りる階段。


 並んで歩く足音が静かに響く。


 エレインは少しだけ歩幅を狭め、シュウの隣へ寄った。


「その時は……わたしも行くわ」


「知ってる」


「な、なによそれ」


「お前は未知を放っておかない」


 図星だった。


 耳がまた赤くなる。


 夜の学園塔を降りる二人の背後で、北の空の“欠けた星”だけが静かに瞬いていた。


 それはきっと、卒業後に彼らを待つ新たな旅路の入口なのだろう。

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