後日談秋3 猫耳看板娘と消えない匂い
学園祭二日目の夜。
中央広場を埋め尽くしていた喧騒も、片付けの時間になる頃にはすっかり静かになっていた。
昼間あれほど賑わっていた《境界線の晩餐》学園支店も、今は暖かな残り香だけを残している。
深層きのこのシチュー。
秋鮭の香草焼き。
月見ソースのロースト山鳥。
美味かったな、と余韻を残す匂いがまだ漂っていた。
「……ん。最後まで、いっぱいだった」
食材倉庫の中、銀色の尻尾を揺らしながら箱を運ぶのはミーニャだ。
猫耳メイド衣装のまま、片付けまで付き合っている。
本人は当然のような顔をしているが、誰がどう見ても居残り理由は一つだった。
――シュウと二人きり。
「……重いぞ」
木箱を持ち上げたシュウが淡々と告げる。
「……だいじょうぶ。これくらい、余裕」
そう言いながらも、ミーニャはわざと少しよろけてシュウの腕へ寄りかかる。
「……ん。支えて」
「……わざとだろ」
「……ばれた」
無表情のまま耳だけが楽しそうに揺れた。
⸻
倉庫の奥には、今日使い切れなかった燻製肉や乾燥香草が並んでいる。
ミーニャはその中の一つ、深層魔猪の燻製肉を手に取った瞬間、ぴたりと動きを止めた。
「……?」
耳が立つ。
鼻先が小さく動く。
銀の尻尾がゆっくりと揺れた。
「どうした」
シュウが振り返る。
ミーニャは燻製肉を抱えたまま、倉庫の小窓の方へ顔を向けた。
窓の向こうには、秋の夜風に揺れる北門側の森が見える。
「……この匂い」
「肉が焦げてるか?」
「……ちがう」
小さく首を振る。
「これ、深層の匂いじゃない」
その一言に、シュウの目が少しだけ細くなった。
ミーニャの感覚は、パーティーの誰よりも鋭い。
迷宮の層ごとの魔力臭。
魔物の縄張り。
隠れた殺気。
それを“匂い”で読み取る天性の斥候だった。
「……もっと遠い。山の向こう。北」
猫耳がぴくりと震える。
「まだ続いてる。消えてない」
それは恐怖ではなく、どこか惹かれるような感覚だった。
夏の山で見つけた古代搬送路。
その先へ伸びていく、まだ見ぬ世界の匂い。
だがミーニャはすぐにふっと肩の力を抜き、燻製肉を棚へ戻した。
「……でも今は」
くるりと振り返る。
「シュウと片付けのほうが大事」
耳が嬉しそうに揺れる。
シリアスは一瞬で終わった。
⸻
その後は、完全に二人きりの倉庫整理だった。
食器箱を運び、
余った香草を束ね、
売上帳簿を箱へしまい、
最後にメイド衣装の小物を片付ける。
ミーニャは猫耳カチューシャを手に取り、じっと見つめた。
「……これ、また着る?」
「学園祭があればな」
「……卒業しても?」
ぽつり、と落ちた小さな声。
シュウは少しだけ考え、答える。
「店でも着ればいい」
その瞬間、ミーニャの耳がぴんと立った。
「……ん。着る」
それは学園の先――
卒業後も同じ店で、同じ時間を過ごす未来の約束のようだった。
⸻
倉庫の片付けが終わり、二人で外へ出る。
秋の夜風が心地いい。
学園祭の提灯はまだ残り火のように灯り、遠くから生徒たちの笑い声が聞こえてくる。
ミーニャは自然な動作でシュウの袖を掴んだ。
「……ん。今日は、ずっと一緒だった」
「そうだな」
「……うれしい」
短い言葉。
でもそれだけで、彼女の尻尾は満足そうに揺れ続けていた。
北の森から、ほんの一瞬だけ冷たい風が吹く。
知らない匂いが混じっていた気がした。
けれど今夜のミーニャにとって大切なのは、そんなことではない。
隣を歩くシュウの温もりだけだった。
「……次も、いっしょ」
「ああ」
その約束は、きっと学園の外へ出たその先でも続いていく。
秋の夜道を並んで歩く二人の背を、静かな月が優しく照らしていた。




