第9話:【ガストン工房】濡れた猫と狐の雨宿り
市場で希少な魔物の香辛料を手に入れた帰り道、空は一転して鉛色に染まり、叩きつけるような豪雨が一行を襲った。
「きゃっ!? な、なによこの雨! 私のドレスが台無しじゃない!」
「……最悪。……影が、溶けそう。……尻尾、重い」
悲鳴を上げるフィオナと、濡れ鼠……ならぬ濡れ猫となったミーニャ。リィネも自慢の豊かな狐尻尾が水分を吸ってしまい、いつもの優雅な足取りがどこか重そうだ。
「……あそこにガストンの工房がある。……入れ」
シュウが指さした先、鉄を叩く音が漏れ聞こえる無骨な建物へと滑り込む。
「ガハハ! どえらい降りだな! おうシュウ、それに姫様たちもか。……おいおい、そんなにビショビショじゃ、せっかくの毛並みが腐っちまうぞ!」
工房の主、ガストンが顔を出した。彼は一行の惨状を見るなり、ニヤリと笑って奥から巨大な「ふいご」……鍛冶屋が火力を上げるための送風機を引きずり出してきた。
「ちょっと、ガストン! 何を企んでいるのよ!」
「まあ見てな。……こいつは俺が改良した『魔導熱風ふいご』だ。……食らえッ!!」
ガストンが力任せにレバーを引くと、ノズルから凄まじい勢いの熱風が噴き出した。
「いやぁぁぁっ!? 風が……風が強すぎるわよぉぉ!!」
「……んっ。……あつ。……でも、……乾く」
フィオナのスカートが捲れ上がり、ミーニャの銀色の毛が逆立つ。リィネに至っては、大きな狐尻尾が熱風に煽られて綿飴のように膨れ上がり、本人の体が隠れるほどのボリュームになっていた。
「……ふふ。……ガストン様、少々乱暴ですわね。……でも、……シュウ様。……温かいですわ」
リィネが膨らんだ尻尾を抱え、頬を赤らめてシュウを見つめる。
シュウはといえば、工房の炉の隅で、濡れてしまった食材の袋を丁寧に拭きながら、ガストンに声をかけた。
「……ガストン。……この風、干し肉を作るのにも使えそうだな」
「ガハハ! 違いねぇ! 姫様たちの毛を乾かした後は、肉でも吊るすか!」
「肉と一緒にしないでよッ!!」
怒鳴り散らすフィオナだったが、ふいごの熱で体温が戻り、シュウが淹れた温かいハーブティーを一口飲むと、その表情は自然と緩んでいった。
雨音に包まれた工房の中、鉄の匂いと少女たちの甘い香りが混ざり合う。
それは、外の嵐とは無縁の、奇妙で、しかし心地よい安らぎの時間だった。
次回予告
第10話:【部室棟】夜の学園と、未来の設計図
静まり返った深夜の学園。シュウとガストンが、後に『境界線の晩餐』となる店の構想を語り合う。そこへリィネが現れ、「未来の帳簿」の予約を勝手に確定させていき……。




