後日談夏6 夜明けのキャンプ飯とテツクズ号の朝
山岳演習林の夜は、思ったよりも静かだった。
昼間は蝉と風で賑やかだった森も、今は焚き火のはぜる音だけが小さく響いている。
《テツクズ号》の側面天幕の下。
食後の余韻に包まれながら、仲間たちは思い思いの時間を過ごしていた。
フィオナは簡易寝台に腰掛け、長い金髪を指で整えている。
「こうして外で泊まるの、案外悪くないわね」
「王女様がそんなこと言っていいのか?」
ガストンが鍛冶炉の火を見ながら笑う。
「視察よ、視察。野営設備の確認も王族の務めだもの」
「……素直じゃない」
ミーニャがシュウの肩にもたれながら小さく呟く。
ぴくりと揺れたフィオナの頬が少し赤い。
その横ではエレインが冷却魔法陣の光を眺め、感心したように呟いていた。
「この車体、夜になると魔力循環がすごく綺麗に見えるわ。まるで生きてるみたい」
「ガハハ! 相棒たちの帰る場所だからな。半分生き物みてぇなもんだ!」
「……ふふ。でしたら、テツクズ号にも名前以上の人格が宿りそうですわね」
リィネが狐尻尾を揺らしながら扇子を閉じる。
シュウは装甲板へ背を預け、静かな星空を見上げた。
こうして誰かの声を聞きながら過ごす夜は、昔の魔境では考えられなかった。
「……悪くない」
短い言葉に、ミーニャの耳がぴんと立つ。
「シュウ、楽しい?」
「……ああ」
それだけで猫耳が嬉しそうに揺れ続けた。
⸻
やがて、誰が言い出したわけでもなく――枕投げが始まった。
「ちょ、ちょっとミーニャ!?」
フィオナの悲鳴が夜の山へ響く。
最初に仕掛けたのは、もちろん猫耳の少女だった。
「……ん。王女、すきだらけ」
柔らかな寝具枕がフィオナの顔面へ直撃する。
「この猫っ……やったわね!」
次の瞬間、王女の反撃。
高級寝台用のふかふか枕がミーニャへ飛ぶ。
エレインは最初こそ呆れていたが、流れ弾を受けて耳をぴくりと震わせた。
「ちょっと、わたしを巻き込まないで――きゃっ!」
そこへリィネが優雅な笑みで一撃。
「……ふふ。戦場では流れ弾もまた運命ですわ」
「リィネ、あなた絶対楽しんでるでしょ!」
天幕の中はすぐに大混戦になった。
狐尻尾、猫尻尾、金髪、翡翠の長髪が入り乱れ、笑い声が止まらない。
ガストンが腹を抱えて笑う。
「ガハハハ! 学園じゃ見られねぇ光景だ!」
「……お前も来るか?」
シュウが無表情のまま枕を差し出す。
「乗ったァ!」
その瞬間、ガストンの豪腕が戦場に加わった。
もはや収拾はつかない。
結果――全員が寝台に転がり込む頃には、汗と笑いでへとへとだった。
⸻
翌朝。
山の朝は早い。
薄い霧の向こうから朝日が差し込み、《テツクズ号》の装甲を黄金色に染めていく。
最初に起きたのはシュウだった。
車載キッチンに火を入れ、鉄板に油を落とす。
じゅう、と心地よい音。
厚切りベーコン。
山鳥の燻製。
卵焼き。
香草パン。
川魚の炙り。
香りに誘われて、仲間たちが次々に起きてくる。
「……いい匂い」
ミーニャが眠そうに耳を揺らす。
「朝からこんなの反則よ……」
フィオナが髪を整えながら席につく。
「これ、学園に戻ったら再現してちょうだい」
エレインはすでにパンへ手を伸ばしていた。
「……ふふ。旅の朝は、こういう幸福が一番染みますわね」
リィネが静かに微笑む。
じゅう、と鉄板が鳴る音に混じって、遠くの山の奥から低い唸り声のようなものが一瞬だけ響いた。
シュウの手が、卵を返す寸前で止まる。
「……今の、魔物?」
フィオナが眠たげな目を瞬かせる。
エレインが耳を澄ませ、首を傾げた。
「演習林の外縁にしては、少し深い反応ね。でもすぐ消えたわ」
「夏場は山の魔力流が乱れやすいからな。迷宮の残滓が地上まで滲むこともある」
ガストンが気にした様子もなく肩をすくめる。
「……ん。でも、朝ごはんのほうが大事」
ミーニャが迷いなく席についた。
その一言で空気は一気に緩み、湯気の立つ鉄板へ全員の視線が戻った。
全員が並んで朝食を囲む。
山の空気。
仲間の笑い声。
温かな料理。
そして背後にある《テツクズ号》。
シュウは小さく息を吐き、湯気の向こうで笑う仲間たちを見た。
「……帰るか。次は学園祭だ」
その一言に、全員の顔がぱっと明るくなる。
「レストラン勝負ね!」
「今年は絶対優勝ですわ」
「……ん。看板娘やる」
「魔法照明は任せなさい!」
夏の最後の思い出を胸に、
《テツクズ号》は再び学園への帰路についた。
次なる舞台は――秋




