後日談夏5 修理完了、テツクズ号の夏キャンプ
夏の強い陽射しが、《境界線の晩餐》裏手の整備区画を白く照らしていた。
そこに鎮座する巨大な鉄塊を見上げ、シュウは小さく息を吐く。
龍骨のように湾曲した骨格。
深層の魔鋼を打ち込んだ重装甲。
側面には、包丁と龍の牙を交差させた紋章。
深層の死線を何度も越えてきた移動拠点――《テツクズ号》。
激戦で刻まれた爪痕は、今やほとんど見当たらない。
すべて、ガストンの夏季オーバーホールの成果だった。
「ガハハハ! 見ろ相棒! 履帯は新品、魔石炉は出力一・二倍、車載キッチンは火力三段階追加だ!」
装甲板の上で仁王立ちしたガストンが、満面の笑みで胸を叩く。
「深層帰りの英雄様を、ただの倉庫番で終わらせるわけねぇだろ!」
エレインがさっそく後部機関部を覗き込んでいる。
「ちょっとこれ、冷却魔法陣まで増設してるじゃない! 地上長距離運用を前提にしたの?」
「ガハハ! 夏山走らせるなら当然だ!」
リィネは扇子を口元に当て、楽しげに笑う。
「……ふふ。理事会には『野外活動部の長距離演習補助車両』として通してありますわ」
「毎回その名目で何でも通るの、逆に怖いわよ……」
フィオナが呆れたようにため息をつく。
そんなやり取りの横で、ミーニャは迷いなく助手席へ潜り込んでいた。
「……ん。ここ、わたしの席」
誰にも譲らない定位置だった。
銀の尻尾が嬉しそうに座席へ巻きつく。
⸻
今回の目的は、学園北方の山岳演習林での一泊キャンプ。
だが実際には、
地上長距離試運転
山岳悪路テスト
車載生活設備の確認
を見据えた重要な運用試験でもあった。
「出るぞ!」
ガストンが魔石レバーを押し込む。
ゴウン、と腹の底へ響く重低音。
深層で何度も命を預けた振動が、懐かしく身体を揺らした。
テツクズ号がゆっくりと動き出す。
「……やっぱり落ち着くわね」
フィオナが思わず本音を漏らす。
「暖炉の揺れ方まで前より安定してる……」
エレインが感心したように耳を揺らした。
「……未来視でも、長旅の景色が少しずつ増えていますわ」
リィネの狐尻尾がふわりと揺れる。
シュウは荷台キッチンで、すでに昼食の仕込みを始めていた。
「……腹が減った」
「走り出してすぐそれですのね」
リィネがくすりと笑う。
⸻
山岳演習林の高台。
木漏れ日と涼しい風が抜ける絶景地へ、テツクズ号は難なく到達した。
「よし、展開だ!」
ガストンの合図で、側面装甲が音を立てて開く。
折り畳み式の天幕。
簡易寝台。
鍛冶炉。
そしてシュウ専用の車載キッチン。
まさに“動く家”だった。
「……すごい」
フィオナが目を輝かせる。
「王宮の野営設備より快適かもしれないわ」
「当然だ。相棒が飯を作る前提だからな」
すでにシュウは山鳥と香草を捌き始めていた。
⸻
夕暮れ。
車載キッチンから、香ばしい匂いが夏山へ広がっていく。
炭火の山鳥串。
岩塩焼き川魚。
野草スープ。
焚き火鍋。
「……ん。これ、テツクズ号の味」
ミーニャが満足そうに呟く。
深層で何度も食べた、仲間たちの“帰る味”。
シュウは車体の装甲へ背を預け、小さく呟いた。
「……帰る場所は、多い方がいい」
一瞬、全員の空気が止まる。
それは十五層のあの日、ガストンが打ち上げた“世界で一番硬い帰る場所”の答えだった。
ガストンが豪快に笑う。
「ガハハ! なら次は世界中に増やしてやるよ、相棒!」
⸻
その夜。
ガストンが少し離れた山肌で何かを見つけた。
「……こいつぁ」
土の中に埋もれた、古い鉄の線。
山の奥へ、さらに北方へと続いている。
苔むしたそれに、テツクズ号の履帯幅がぴたりと一致した。
「古代搬送路……」
エレインが息を呑む。
「……ふふ。未来視の旅路が、一気に遠くまで伸びましたわ」
リィネが静かに微笑む。
シュウはその先の闇を見つめる。
学園の外。
王都の先。
湖底と空を越えたさらに向こう。
旅路は、すでに足元から始まっていた。
夏の星空の下、テツクズ号の装甲が静かに光る。
深層で命を守った鉄塊は、今や仲間たちの未来を運ぶ“旅の家”へ進化しようとしていた。




