表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/61

後日談夏5 修理完了、テツクズ号の夏キャンプ

 夏の強い陽射しが、《境界線の晩餐》裏手の整備区画を白く照らしていた。


 そこに鎮座する巨大な鉄塊を見上げ、シュウは小さく息を吐く。


 龍骨のように湾曲した骨格。

 深層の魔鋼を打ち込んだ重装甲。

 側面には、包丁と龍の牙を交差させた紋章。


 深層の死線を何度も越えてきた移動拠点――《テツクズ号》。


 激戦で刻まれた爪痕は、今やほとんど見当たらない。


 すべて、ガストンの夏季オーバーホールの成果だった。


「ガハハハ! 見ろ相棒! 履帯は新品、魔石炉は出力一・二倍、車載キッチンは火力三段階追加だ!」


 装甲板の上で仁王立ちしたガストンが、満面の笑みで胸を叩く。


「深層帰りの英雄様を、ただの倉庫番で終わらせるわけねぇだろ!」


 エレインがさっそく後部機関部を覗き込んでいる。


「ちょっとこれ、冷却魔法陣まで増設してるじゃない! 地上長距離運用を前提にしたの?」


「ガハハ! 夏山走らせるなら当然だ!」


 リィネは扇子を口元に当て、楽しげに笑う。


「……ふふ。理事会には『野外活動部の長距離演習補助車両』として通してありますわ」


「毎回その名目で何でも通るの、逆に怖いわよ……」

 フィオナが呆れたようにため息をつく。


 そんなやり取りの横で、ミーニャは迷いなく助手席へ潜り込んでいた。


「……ん。ここ、わたしの席」


 誰にも譲らない定位置だった。

 銀の尻尾が嬉しそうに座席へ巻きつく。



 今回の目的は、学園北方の山岳演習林での一泊キャンプ。


 だが実際には、


地上長距離試運転

山岳悪路テスト

車載生活設備の確認


を見据えた重要な運用試験でもあった。


「出るぞ!」


 ガストンが魔石レバーを押し込む。


 ゴウン、と腹の底へ響く重低音。


 深層で何度も命を預けた振動が、懐かしく身体を揺らした。


 テツクズ号がゆっくりと動き出す。


「……やっぱり落ち着くわね」

 フィオナが思わず本音を漏らす。


「暖炉の揺れ方まで前より安定してる……」

 エレインが感心したように耳を揺らした。


「……未来視でも、長旅の景色が少しずつ増えていますわ」

 リィネの狐尻尾がふわりと揺れる。


 シュウは荷台キッチンで、すでに昼食の仕込みを始めていた。


「……腹が減った」


「走り出してすぐそれですのね」

 リィネがくすりと笑う。



 山岳演習林の高台。


 木漏れ日と涼しい風が抜ける絶景地へ、テツクズ号は難なく到達した。


「よし、展開だ!」


 ガストンの合図で、側面装甲が音を立てて開く。


 折り畳み式の天幕。

 簡易寝台。

 鍛冶炉。

 そしてシュウ専用の車載キッチン。


 まさに“動く家”だった。


「……すごい」

 フィオナが目を輝かせる。

「王宮の野営設備より快適かもしれないわ」


「当然だ。相棒が飯を作る前提だからな」


 すでにシュウは山鳥と香草を捌き始めていた。



 夕暮れ。


 車載キッチンから、香ばしい匂いが夏山へ広がっていく。


 炭火の山鳥串。

 岩塩焼き川魚。

 野草スープ。

 焚き火鍋。


「……ん。これ、テツクズ号の味」

 ミーニャが満足そうに呟く。


 深層で何度も食べた、仲間たちの“帰る味”。


 シュウは車体の装甲へ背を預け、小さく呟いた。


「……帰る場所は、多い方がいい」


 一瞬、全員の空気が止まる。


 それは十五層のあの日、ガストンが打ち上げた“世界で一番硬い帰る場所”の答えだった。


 ガストンが豪快に笑う。


「ガハハ! なら次は世界中に増やしてやるよ、相棒!」



 その夜。


 ガストンが少し離れた山肌で何かを見つけた。


「……こいつぁ」


 土の中に埋もれた、古い鉄の線。


 山の奥へ、さらに北方へと続いている。


 苔むしたそれに、テツクズ号の履帯幅がぴたりと一致した。


「古代搬送路……」

 エレインが息を呑む。


「……ふふ。未来視の旅路が、一気に遠くまで伸びましたわ」

 リィネが静かに微笑む。


 シュウはその先の闇を見つめる。


 学園の外。

 王都の先。

 湖底と空を越えたさらに向こう。


 旅路は、すでに足元から始まっていた。


 夏の星空の下、テツクズ号の装甲が静かに光る。


 深層で命を守った鉄塊は、今や仲間たちの未来を運ぶ“旅の家”へ進化しようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ