後日談夏3 夏祭り夜店とミーニャの独占浴衣
夏の夜。
聖クロイツ学園の中庭は、昼間とはまるで別世界の賑わいを見せていた。
石畳の通路には無数の灯籠が吊るされ、屋台の明かりが金色に揺れている。
焼き串、香草飴、氷菓、魔魚焼き、精霊花の灯火細工――。
年に一度の《聖クロイツ夏祭り》。
生徒も教師も貴族科も平民科も関係なく、全員が同じ夜を楽しむ学園最大級の催しだ。
そして今夜、その中心で最も人を集めている屋台があった。
包丁と龍の牙を交差させた紋章。
《境界線の晩餐・夏祭り特設屋台》。
「……腹が減った」
「屋台を出してる本人が最初に言うことじゃないでしょ!」
フィオナのツッコミが飛ぶ。
今夜の彼女は白地に金糸の浴衣姿。
王女らしい気品はそのままに、夏祭りの華やかさがよく似合っていた。
だが今夜の主役は、彼女ではない。
シュウのすぐ隣に、当然のようにミーニャがいた。
「……ん。今日は、ここ」
黒と銀を基調にした浴衣に、小さな鈴飾り。
銀色の猫耳と尻尾に合わせた意匠で、いつもよりずっと女の子らしい。
そして何より――距離が近い。
浴衣の袖が触れ合うほど隣へぴたりと座り、猫尻尾が当然のようにシュウの腰へ巻きついていた。
「ちょっとミーニャ! あなた今日ずっと近すぎない!?」
「……ん。夏祭り、迷子、多い。だから離れない」
「絶対それだけじゃないでしょう!?」
フィオナの抗議もどこ吹く風。
ミーニャの耳はぴくぴくと嬉しそうに揺れていた。
⸻
シュウの屋台には、長蛇の列ができていた。
今夜の目玉は《氷香草仕立ての魔魚串》と《炎焼き魔兎肉》、そして夏限定《月見蜜団子》。
炭火で焼かれる魔魚の香ばしい匂いが、夜風に乗って広場へ広がっていく。
「す、すごい……これ全部シュウ先輩が?」
「学園祭の屋台の域を超えてますわ……!」
新入生たちがざわつく中、ガストンが鉄板の向こうで豪快に笑った。
「ガハハ! 相棒の料理は祭りでも最強だ!」
エレインは魔力で氷菓の温度を精密制御し、フィオナは王女モードで行列整理をしている。
リィネは理事会権限で動線を最適化し、祭り全体を裏から回していた。
だがミーニャだけは、今夜ずっとシュウの隣を離れない。
「……ん。次、魚、裏返す」
「……頼む」
「……ん」
自然すぎる連携。
まるで夫婦屋台のような空気に、周囲の女子たちがざわめいた。
「ね、ねえ……あれってもしかして」
「もう付き合ってるのでは……?」
その囁きに、フィオナとエレインが同時に反応する。
「ち、違うわよ! あれはただの手伝いよ!」
「そうよ! 猫耳だから近いだけなんだから!」
ミーニャだけは無表情のまま、小さく首を傾げた。
「……ん? 近いほうが、おいしい」
意味深な一言に、ざわめきはさらに増した。
⸻
屋台が一段落した頃。
祭りの中央広場では、灯籠流しの準備が始まっていた。
湖へ繋がる水路へ、小さな精霊灯籠を流して願いを託す夏祭りの締めくくりだ。
ミーニャは当然のようにシュウの袖を引く。
「……ん。行く」
「……ああ」
二人で並んで灯籠を受け取る。
周囲の喧騒が少しだけ遠くなる。
夜風が浴衣の袖を揺らし、灯籠の柔らかな光がミーニャの銀色の瞳を照らしていた。
「……願い、書く」
「……何を」
ミーニャは少しだけ考えて、それから小さく呟いた。
「……ずっと、隣」
一瞬、シュウの動きが止まる。
だが次の瞬間には、静かに灯籠へ火を灯した。
「……そうか」
二人の灯籠が並んで水路へ流れていく。
寄り添うように、離れずに。
⸻
その時だった。
水路の先――蒼鏡湖へ繋がる暗い水面に、一瞬だけ黒い揺らぎが走る。
灯籠の光を吸い込むような、不自然な波紋。
夏の狭間に見えた“湖底の門”の気配が、祭りの夜にも確かに広がっていた。
シュウの【境界線】がかすかに脈打つ。
だが隣でミーニャが、そっと袖を握る。
「……ん。今は、見ないで」
銀の猫耳が夜風に揺れる。
「……祭り、楽しい。今は、こっち」
珍しく真っ直ぐな言葉だった。
シュウは小さく息を吐き、水面から視線を戻す。
「……ああ」
今夜だけは、この温かい時間を優先する。
灯籠の光が二人の横顔を照らし、夜空には大輪の魔法花火が咲き始める。
夏祭りの夜は甘く、賑やかで、そして湖底の危機を静かに深めながら更けていく。




