後日談夏1 湖畔実習と水着の包囲網
夏の始まりを告げる陽射しが、聖クロイツ学園の演習場をまっすぐ照らしていた。
この日の野外活動部は、学園外れにある《蒼鏡湖》での湖畔実習だった。
澄み切った湖面は青空をそのまま映し、周囲には白い砂浜と深い森が広がっている。
避暑地としても知られるこの湖は、夏になると上級生たちの実習場として使われる定番スポットでもあった。
だが――
シュウの周囲だけ、朝から妙な圧があった。
「……なぜ全員いる」
思わず漏れたその一言に、目の前の四人が一斉に反応する。
「当然でしょう? これは学園正式実習よ。生徒会長代理として現地確認に来たの」
フィオナが胸を張る。
白を基調にした上品な水着に薄い羽織を重ねた姿は、王女らしい気品を保ちながらも破壊力が高い。
「……ん。湖、魚、多い。シュウの手伝い」
ミーニャは黒を基調にした軽装の水着姿で、すでにシュウの左腕を定位置にしている。
銀色の尻尾が、夏の陽射しの下でふわりと揺れた。
「勘違いしないでよね。私は湖の魔力環境を観察するためなんだから」
エレインが翡翠色の髪をかき上げる。
エルフらしい細身の体に映える深緑の水着。
耳先までほんのり赤いのは暑さだけではない。
「……ふふ。私は理事会より安全監督を任されておりますの」
リィネが優雅に微笑む。
薄紫の水着の上に透ける羽衣を纏い、狐尻尾をゆったり揺らしていた。
「ガハハ! 夏だ! 湖だ! 肉焼きだァ!」
ガストンはいつもの勢いで巨大な鉄板と食材箱を担いでいる。
結局いつものフルメンバーだった。
⸻
湖畔には簡易テントと調理台が設置され、実習の名目は
《湖畔環境での食材採集および野外調理》
という、どう見てもシュウ向きの内容だった。
「……腹が減った」
「まだ始まってもいないわよ!?」
フィオナが即座にツッコむ。
だがシュウはすでに湖へ足を踏み入れていた。
澄んだ水面を割り、素早く手を伸ばす。
次の瞬間、銀色の大魚が水飛沫とともに空へ跳ね上がった。
「うそっ、一瞬で!?」
「……湖魔銀魚ですわ。上級採集班でも苦戦する食材を素手で……」
リィネが感心したように扇子を揺らす。
「……ん。すごい」
ミーニャの猫耳がぴくぴく揺れた。
そのままシュウは湖岸の岩場から香草を採り、森際から夏茸を回収し、あっという間に調理台へ戻る。
「相棒、火は任せろ!」
ガストンが特製携帯鉄板に魔石火を灯す。
エレインはすぐさま魔力で温度を均一化した。
「……焦がしたら台無しなんだから。私が温度制御するわ」
フィオナは腕を組みながらも、視線は完全に調理中のシュウへ釘付けだ。
「……視察としては非常に優秀ね」
「ただ食べたいだけでしょう?」
リィネの一言で王女が少しだけ固まった。
⸻
やがて湖畔に、香ばしい匂いが広がる。
湖魔銀魚の香草焼き。
夏茸の炭火ソテー。
湖畔の野草を添えた冷製スープ。
そしてメインは、巨大な魔甲蟹を使った濃厚クリーム煮込み。
「……できた」
その一言とともに、全員の目が輝いた。
「「「「いただきます!」」」」
最初に食べたのは当然フィオナだった。
「こ、これは王族として毒味を――」
ひと口。
「……っ! な、なにこれ……夏なのに重くない……!」
「蟹の旨味を冷製香草で締めてるのね……!」
エレインの耳がぴんと立つ。
「……ん。魚、ふわふわ」
ミーニャはすでに二皿目に入っていた。
「ふふ……湖畔実習の予約希望が増えそうですわ」
リィネは理事会への利益計算を始めている。
その賑やかな輪の中心で、シュウは静かに湖面を見つめた。
夏の陽射し。
水面のきらめき。
仲間たちの笑い声。
春の穏やかさとは違う、解放感のある季節。
「……悪くない」
その言葉だけで、ヒロインたちの距離が一気に縮まった。
ミーニャが当然のように肩へ寄りかかる。
「……ん。水、冷たかった。あっためて」
「ちょ、ちょっと! そういうのは順番があるでしょう!」
フィオナが反対側から腕を絡める。
「夏風で冷えるなら魔力で温めるけど……その、近い方が効率いいし」
エレインも背後から距離を詰めた。
「ふふ……では私は逃げ道を塞いでおきますわ」
リィネが正面に座る。
完全包囲だった。
⸻
その時。
穏やかな湖面の中央に、ふいに黒い波紋が広がった。
ほんの一瞬。
誰にも気づかれないほど小さな揺らぎ。
だがシュウだけは、その違和感を見逃さなかった。
胸の奥で【境界線】がかすかに脈打つ。
まるで湖底のさらに深く、何かが眠りから目を覚まし始めたような感覚。
「……シュウ?」
フィオナが見上げる。
「……いや。なんでもない」
次の瞬間には、湖面はまた青空を映す静かな鏡へ戻っていた。
だが夏の始まりは、ただ賑やかなだけでは終わらない。
この湖の底にもまた、世界の危機へ続く“境界線”が静かに広がり始めていた。
それでも今はまだ、笑い声と美味い料理の時間。
夏の湖畔実習は、こうして騒がしく、甘く、そしてほんの少しだけ不穏な幕開けを迎えた。




