第2話:【教室】静寂を破る「魔力の残り香」
聖クロイツ学園の魔導理論試験。羽ペンの走る音だけが響く静寂の教室で、エルフの乙女エレインは、かつてない窮地に立たされていた。
(……くっ、集中できない……! なんなのよ、この『清らかな魔力』の塊みたいな匂いは……!)
彼女の翡翠色の尖った耳が、落ち着きなくピコピコと震える。
原因は、斜め前の席に座るシュウだ。彼の足元にある使い込まれた鞄から、精霊たちが狂喜乱舞して踊り出すような、芳醇でいて鋭い「魔力の残り香」が漏れ出していた。
それは、シュウが未明に煮詰めた、高純度の魔力を持つ植物の滴を練り込んだ特製クッキー。
精霊の加護を強く受けるエルフの耳にとって、その香りは甘い誘惑というレベルを超え、脳髄を直接揺さぶる警笛に近い。
「……エレイン、手が止まっていますわよ。解答用紙が真っ白ですわ」
隣の席から、鈴を転がすような声が届く。
扇で口元を隠し、余裕の表情で答案を埋めているのはリィネだ。彼女の豊かな狐尻尾は、椅子の下でゆらゆらと、まるで計算通りの展開を楽しんでいるかのように揺れていた。
「う、るさいわね……! あんたこそ、そんなにスラスラ書いちゃって……っ」
「ふふ。私は『因果』を読み解くだけですから。……それより、シュウ様の鞄の中身、気になりますわね? 試験が終わった後、どうにかして分け前を預かる確率……私の計算では、限りなく百パーセントに近いですわ」
リィネは金色の瞳を細め、シュウの背中を愛おしげに、あるいは獲物を定めるように見つめる。
(この泥棒狐……! 抜け駆けなんてさせないんだから!)
エレインの耳が、怒りと食欲でプロペラのように激しく回転を始める。
試験監督の教師が怪訝な顔でこちらを見たが、シュウはといえば、試験などとうの昔に終わらせたのか、窓の外を眺めて「今日の夕飯の出汁」のことでも考えているような、涼しい顔をしていた。
沈黙の教室。しかしその水面下では、一人の少年が放つ「味」を巡る、乙女たちの熾烈な火花が散っていた。
次回予告
第3話:【昼休み】鉄屑号の「秘密の定食」
静かな昼食を求めるシュウの元へ、影から銀色の猫尻尾が忍び寄る。さらに「視察」と称して乱入するフィオナ、そして酒樽を抱えたガストンまで現れ、テツクズ号の周辺はいつしか賑やかな戦場と化し……。




