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懐古第五話:【覚醒】孤独な火種 ― 産声なき境界の夜

学園中が「創立記念祭」の熱狂に包まれていた。

夜空を彩る魔法の花火が、色とりどりの光を地上へ投げかける。広場からは、アルトリウスの武勲を讃える歌声と、それに応える万雷の拍手が地鳴りのように響いてくる。

だが、その光が届かない学園の最端、廃棄物集積場。

シュウは独り、ぬかるんだ土の上に膝を突いていた。

目の前には、ガストンが「演習の余りだ」と横流ししてくれた、下級魔物の死骸が転がっている。

シュウの指先は、泥と乾いた血にまみれ、感覚を失うほどに冷え切っていた。

(……あっちには、あいつらの『正解』がある……)

遠くで上がる、ひときわ大きな金色の花火。

それは、アルトリウスの家紋を象ったものだ。拍手はさらに大きくなり、シュウの鼓動を嘲笑うかのように空気を震わせる。

バルガス教官がアルトリウスの肩を抱き、満足げに頷いている光景が、見ずとも脳裏に浮かんだ。

シュウは、ガストンが夜通しで叩き直してくれた無骨な包丁を、震える手で握り直した。

包丁の冷たい鋼が、手のひらに張り付く。

「…………」

言葉は出なかった。

ただ、胃の奥が焼けるように熱い。

昨日の演習で泥を啜らされた時の、鉄の味。

レポートを引き裂かれた時の、紙が破れる乾いた音。

それらすべてが、今、シュウの体内で重く、黒いおりとなって渦巻いていた。

シュウは、魔物の肉を切り裂き、その一片を迷いなく口に運んだ。

喉を通る、獣特有の荒々しい魔力の脈動。

普通の人間なら顔をしかめるような泥臭い、暴力的な味。

だが、シュウにとっては、それこそが自分を生かしてくれる唯一の「肯定」だった。

肉を噛み締めるたびに、体の芯から得体の知れない熱が立ち上がってくる。

それは、誰かに認められるための努力ではなく、ただ「生き残る」という本能が呼び覚ます、静かで苛烈な拍動だった。

「……はぁ、……はぁ……」

気づけば、シュウの瞳から「迷い」が消えていた。

あちら側の光の世界がどれほど輝こうとも、自分はこの暗闇の中で、誰にも見向きもされない「毒」を喰らい、己の一部に変えていく。

アルトリウスが「ゴミ」と呼んだこの場所。

バルガスが「無価値」と切り捨てたこの自分。

そのすべてが、これからは自分の血となり、骨となり、いつか世界を覆い尽くすほどの力に変わる。

「――シュウ! どこだ!」

工房から息を切らせて駆けつけてきたガストンが、暗闇の中で立ち尽くすシュウの姿を見つけ、足を止めた。

月の光を背負ったシュウの影は、昼間の弱々しさが嘘のように、長く、鋭く地面に伸びていた。

「……ガストン。……これ、すごく美味いよ」

シュウが振り返り、静かに微笑んだ。

その表情には、もはや憐れみを誘う影は一切なかった。

ただ、鋭利に研ぎ澄まされた刃物のような、底知れない静寂だけが宿っている。

「……おう。……そうかよ」

ガストンはそれ以上何も聞かず、ただ自分の拳を固く握りしめた。

二人の間に、言葉はいらなかった。

夜空に消えていく花火の残滓を見上げることもなく、シュウは再び、目の前の獲物エサへと包丁を振るった。

学園が眠りにつく頃。

廃棄場の隅で灯された小さな、しかし消えることのない火種が、世界の境界線を静かに焼き切り始めていた。

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