表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/61

後日談春2 敗者は春の賄いに救われる

『境界線の晩餐ボーダーライン・ディナー』。

包丁と龍の牙を交差させた紋章が、朝の光を受けてかすかに輝いている。

アルトリウスは、その扉の前に十分間立っていた。

入れない理由は、ない。

入る資格がない気がするだけだ。

「……何をやっている」

背後から声がかかった。

振り返ると、ガストンが食材の入った大袋を両手に担いでいた。

「仕入れの邪魔だ。どくか入るか、どっちかにしろ」

「……俺は」

「相棒は中にいるぞ」

それだけ言って、ガストンは勝手口へ回っていった。

アルトリウスは扉を見た。

黒い聖剣は、もうない。

砕けた柄だけが、今も自室の棚に置いてある。

あの夜。

シュウに肩を貸してもらったまま、言葉にならなかったことがある。

感謝でも、謝罪でも、なかった。

ただ、腹が減っていた。

初めて気づいた。

自分はずっと、腹を空かせたままだった。

扉を、開けた。

店内は、まだ開店前だった。

厨房からは出汁の香りが漂い、シュウが一人で仕込みをしている。

カウンター席に、人影。

リィネが琥珀の瞳でアルトリウスを見た。

「……いらっしゃいませ」

扇子を開く。

「開店は昼からですわ。ですが」

くすりと笑う。

「迷っていた方の席は、ちゃんと空けてありますの」

アルトリウスは目を細めた。

「……読んでいたのか」

「千里眼ですもの。でも今日だけは」

リィネは扇子で口元を隠した。

「読まなくても、わかっていましたわ」

シュウが厨房から顔を出した。

アルトリウスを見て、一秒。

何も言わず、鍋に向き直る。

やがて、カウンターに椀が置かれた。

つみれ汁。

魔兎肉と春野草。

湯気が静かに上がっている。

「……なんだ、これは」

「……賄いだ。文句あるか」

アルトリウスは椀を手に取った。

一口、飲む。

温かい。

ただ、それだけだった。

それだけなのに。

「……美味い」

声が、かすれた。


 その瞬間、砕けた聖剣の柄が自室でかすかに震えたことを、アルトリウスはまだ知らない。


シュウは厨房へ戻りながら、短く言った。

「……また来い」

アルトリウスは椀を置いた。

窓の外では、春風が桜を散らしている。

砕けた聖剣の代わりに、今は何も持っていない。

だが腹の底に、初めて温かいものが宿った気がした。

「……ああ」

その返事を聞いたのは、リィネの狐尻尾だけだった。

くるりと、幸せそうに揺れた。

開店の鐘が鳴った頃、ミーニャが厨房から顔を出した。

「……ん? 知らない匂い」

「客だ」とシュウ。

ミーニャはアルトリウスをじっと見た。

銀の猫耳がぴくぴく動く。

「……強い匂い。でも、もう牙はない」

「……そうだな」

アルトリウスは静かに答えた。

ミーニャはしばらく考えてから、小皿を差し出した。

「……これ。シュウが作った春の焼き菓子。おすそわけ」

「……なぜ」

「……強かった人には、ちゃんとご飯あげる。シュウがそう言ってた」

アルトリウスは小皿を受け取った。

一口食べて、目を伏せた。

「……シュウが、そう言ったのか」

「……ん」

春の日差しが、店内に差し込んでいた。

境界線の向こう側は、こんなにも温かかった。



 そして翌朝、アルトリウスが帰った後、店に学園長名義の一通の招待状が届く。

 ――新入生歓迎晩餐会、主賓料理人シュウ指名。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ