【第1章学園編】後日談春1 境界線の晩餐、開店
聖クロイツ学園の最端、アウモデウスとの最終決戦から数ヶ月後。かつての廃棄物集積場には、今や学園で最も豪華で、最も「予約が取れない」場所が存在していた。看板には、包丁と龍の牙を交差させた紋章。店名は――『境界線の晩餐』。
「……おう、シュウ。五層の『霜降り岩猪』の熟成が終わったぞ。こいつを最高の火加減で焼きな!」
ガストンが新調した魔導オーブンから巨大な肉塊を取り出し、豪快に笑う。彼は今や学園の施設管理責任者という肩書きを持ちながら、実質的にはシュウの「専属シェフ助手」となっていた。
「……ああ、助かる。……ミーニャ、付け合わせの野草は?」
「……ん。……これ。……一番、柔らかいところ」
影からひょいと現れたミーニャは、シュウの腰に銀色の猫尻尾を巻き付け、当然のように定位置を確保する。彼女の耳は、シュウが「いい出来だ」と褒めるたびにぴくぴくと跳ね、尻尾はメトロノームのように幸せなリズムを刻んでいた。
「ちょっと! そこでイチャイチャしないのよ! ほら、お客様が待ってるんだから、早く運びなさい!」
給仕服に身を包んだフィオナが、顔を真っ赤にして指示を飛ばす。「わ、私は王女として、民の食生活を視察しているだけなんだからね! 別に、このお店のウェイトレスが板についてきたなんて、これっぽっちも思ってないんだから!」。ツンとあごを引いてトレイを掲げる彼女だが、シュウが隠し味の小皿を一口差し出すと、パァッと顔を輝かせ、「……あ、あんまり美味しくて、毒味にならなかったじゃない……」と、完全にデレてしまっていた。
「……ふふ。フィオナ、またシュウ様に甘やかされて。……私の計算によれば、今夜のデザートが出る頃には、あなたがシュウ様に抱きつく確率は『100%』ですわよ」
カウンターで、料理との相性を確かめるように深紅の魔果実酒を静かに揺らしているのは、リィネだ。聖クロイツ学園では十五歳で成人として夜会作法と酒席礼法を学ぶ。彼女の豊かな狐尻尾は椅子の下でゆらゆらと、独占欲を誇示するようにシュウの方へと伸びている。学園の理事会を裏から操り、この店を「アンタッチャブルな聖域」へと変えた張本人だった。
「な、何を言っているのよこの狐! ……それよりエレイン、あなたの魔法でスープの温度を保ちなさいよ!」
「言われなくてもわかってるわよ! 私の精霊魔法を保温なんかに使わせるなんて……。……でも、シュウが『お前の魔法は繊細で助かる』って言うから、特別にやってあげてるだけなんだからね!」
エレインは古文書を広げながら、精密な魔力制御で鍋を温める。尖った耳はシュウの足音を聞くたびに嬉しそうにぱたぱたと震え、周囲に翡翠色の魔力を散らしていた。
かつての「ゴミスキル」の少年は、今や四華を従え、世界を救った最強の料理人。だが、彼のやることは変わらない。
「……よし。……全員、賄いだ。……今日は、最深部の岩に染み込んだ魔力の結晶を隠し味にした、特製シチューだ」
鍋をかき混ぜた瞬間、結晶がわずかに脈打った。ほんの一瞬だけ、誰も踏み入れたことのない”さらに深い迷宮”の気配が、シュウの境界線を掠めて消える。
「「「「……いただきます!!」」」」
五人の乙女と一人の職人、そして一人の捕食者。不揃いな彼らが囲む食卓には、かつての絶望も、カーストも、境界線すらも存在しない。あるのは、ただ「美味しい」という、単純で何よりも強い幸せだけ。
「……シュウ。……あーん」
ミーニャが口を開け、他のヒロインたちが「こ、この泥棒猫ぉ!」と叫び声を上げる。学園の夜は、これからも賑やかに、そして美味しく更けていく。
シュウが切り開いた『境界線』の向こう側には、誰も見たことのない最高のフルコースが、どこまでも続いていた。




