懐古第一話:【沈黙】無彩色の宣告 ― 踏みにじられたペン先
聖クロイツ学園の北棟、地下深くにある「魔導鑑定室」。
そこは、若き魔導師たちの未来を、無機質な水晶の輝きだけで選別する残酷な「処刑場」でもあった。
室内を支配するのは、凍てつくような静寂。
部屋の中央に置かれた巨大な魔導水晶の前に、シュウは立っていた。
彼が水晶に手を触れた瞬間、投影されたのは、血のようにどす黒い赤色をした、歪な文字列だった。
【魔物喰い:成長限界 F(最低ランク)】
「……ふむ。やはり、な」
鼻を鳴らすような声。
教壇に立つ主任教官、バルガスが、眼鏡の奥の瞳を冷酷に細めた。
彼は手元の名簿に、まるで汚物を処理するかのような手つきで大きな「×印」を書き込んだ。
「シュウ。魔物の肉を喰らわねば魔力を得られぬというその性質……およそ文明人の持つべき『スキル』ではない。それはただの呪いだ。学園の輝かしい歴史において、お前のような存在は生理的な嫌悪すら抱かせる」
「……ですが、先生。俺の理論では、魔物の魔核を直接分解し、その特性を……」
シュウが震える声で反論しようとした。
だが、その言葉は、傍らで優雅に長椅子に腰掛けていた男の、軽蔑を含んだ嘲笑によって遮られた。
「やめたまえ、シュウ君。醜い足掻きは見苦しいよ」
学園の至宝、そして聖剣の担い手として全生徒の羨望を集める男――アルトリウスだ。
彼は、白銀の装飾が施された聖剣を愛おしそうに撫でながら、立ち上がった。
「君のその……何と言ったかな? 『捕食進化論』だったか。あの低俗な空想を綴ったレポート。先ほど、私が直々に処分しておいたよ」
「……え?」
シュウの心臓が、ドクリと大きく脈打った。
数ヶ月、睡眠時間を削り、学園の図書館の隅で古文書を漁り、時には命がけで下級魔物の生態を観察して書き上げた、唯一の希望。
「……あれは、俺の……」
「ゴミだよ、シュウ君」
アルトリウスは、部屋の隅にある塵捨て場を指差した。
そこには、泥に汚れ、ズタズタに引き裂かれたレポートの束が転がっていた。
さらにアルトリウスは、わざとらしくその紙片の上に歩み寄り、黄金の刺繍が施された軍靴で、ぎり、と力任せに踏みつけた。
「魔物の血で汚れた君の指先が触れた紙が、この高潔な鑑定室にあるだけで不愉快なんだ。君の存在は、我々『選ばれし者』に対する侮辱ですらある」
バルガス教官が、追撃するように冷たく言い放つ。
「アルトリウス様の仰る通りだ。シュウ、お前には明日、学園の退学勧告と、魔導師資格の永久剥奪を言い渡す。今すぐ荷物をまとめて、寮を出たまえ。お前のような『欠陥品』に食わせる飯は、この学園には一欠片も残っていない」
シュウは、崩れ落ちそうになる膝を、必死に堪えた。
視界が歪む。
悔しさ、悲しみ、そして自分という存在が根底から否定された虚無感。
アルトリウスは、汚れを払うように自分の靴を見つめ、勝ち誇ったような笑みを浮かべて部屋を去っていく。
残されたのは、冷たい石の床と、踏みにじられた自分の誇り。
シュウは、這いつくばるようにしてレポートの破片を拾おうとした。
だが、その指先はあまりの屈辱に震え、紙の一片すら掴むことができない。
(……俺は、ここで終わるのか……?)
視界が真っ白に塗りつぶされるような、底なしの孤独。
学園という名の、光に満ちた世界から、自分という存在が完全に「境界線」の向こう側へと追い出された瞬間だった。
しかし、この時。
絶望に震えるシュウの背中を見つめる、熱い視線があることに、彼はまだ気づいていなかった。




