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境界線の晩餐

 アウモデウスが消滅した十層の空洞は、嘘のように静まり返っていた。赤黒い霧は晴れ、脈動していた壁は止まり、空気は澄み渡っている。まるで悪夢が終わったかのようだった。

 だが――シュウは、まだ立っていた。包丁を握ったまま、ゆっくりと息を吐く。

(……終わった)

 その瞬間、ミーニャが飛び込んできた。

「……シュウ!!」

 影の中から勢いよく抱きつき、胸に顔を埋める。銀色の尻尾が震えていた。

「……怖かった……シュウ、いなくなるかと思った……」

 フィオナも駆け寄る。

「本当に……無事でよかった……! あなた、いつも無茶ばっかり……!」

 エレインは魔力の流れを確かめるように目を細め、静かに息をついた。

「……悪魔の因果も……もう残っていない。完全に、終わったわ」

 リィネは扇を閉じ、微笑む。

「お見事でしたわ、シュウ様」

 ガストンが豪快に笑った。

「ガハハ!! よくやったな相棒!! これで心置きなく”晩餐”ができるってもんだ!!」

 シュウは包丁を収め、仲間たちを見渡した。

「……帰るぞ。テツクズ号で……晩餐だ」

――

 テツクズ号の中は、いつものように温かかった。ガストンが巨大な鍋を振り、エレインが魔導炉の火力を調整し、フィオナが皿を並べ、リィネが茶を淹れる。ミーニャはシュウの袖を掴んだまま離れなかった。

「……シュウ。今日の料理……何?」

「……アウモデウスの核を使ったスープだ」

「……ん。……楽しみ」

 フィオナが驚いたように言う。

「えっ……あの悪魔の核を……食材に……?」

「……本当に浄化されてる……魔力が……全部澄んでる……」

 エレインが目を見開く。リィネが静かに微笑んだ。

「シュウ様が”境界”を越えたからですわ。悪魔の因果は……彼の捕食に耐えられなかったのでしょう」

「ガハハ!! 悪魔だろうがなんだろうが、シュウの料理になっちまえばただの食材よ!!」

 ガストンが豪快に鍋をかき混ぜる。ミーニャがシュウの腕に頬を寄せた。

「……シュウの料理……世界一」

「わ、私だって……好きよ……あなたの料理……」

「……まあ……悪くないわね。その……美味しいし……」

 フィオナが顔を赤くし、エレインが耳を赤くしながら言う。リィネが扇で口元を隠しながら微笑んだ。

「ふふ……皆さん素直ではありませんわね」

 シュウは静かに鍋をかき混ぜた。

(……これでいい)(……これが、俺の”未来”だ)

――

 食卓が整い、全員が席につく。ミーニャは当然のようにシュウの隣。フィオナはその反対側。エレインは少し離れた場所に座り、リィネが優雅に茶を注ぐ。ガストンが大声で言った。

「よし!! アウモデウス討伐記念!! 境界線の晩餐、開宴だ!!」

 全員が笑った。

 シュウは静かにスープをすくい、口に運ぶ。深い旨味。濃厚な魔力。そして――悪魔の因果が完全に消えた、純粋な力の味。

(……悪くない)

「……おいしい……!」「すごい……これ……本当に悪魔の核……?」「……魔力が……優しい……こんなの……初めて……」

 ミーニャが尻尾を揺らし、フィオナが目を輝かせ、エレインが驚いたように言う。リィネが静かに添えた。

「シュウ様の”境界”が……悪魔の因果を上書きしたのでしょうね」

「ガハハ!! さすが相棒だ!! 悪魔すら料理にしちまうとはな!!」

「……食材にできるなら、何でも食う」

 ミーニャが頬を寄せる。フィオナが顔を赤くし、エレインが耳を押さえた。

「……シュウ……かっこいい」「そ、そういうところ……ずるいのよ……!」「……うるさいわね……でも……まあ……嫌いじゃないわ……」

 リィネが扇を閉じ、静かに言う。

「シュウ様。あなたの未来は……もう誰にも読めませんわ」

「……俺が決める」

 その言葉に、全員が微笑んだ。

――

 食事が終わり、テツクズ号の灯りが揺れる。ミーニャがシュウの肩に頭を乗せ、フィオナが隣でそわそわし、エレインが魔導書を閉じ、リィネが静かに茶を飲む。ガストンが言った。

「さて……次はどうする、相棒?」

 シュウは少し考え、静かに答えた。

「……帰る。学園へ」

「……帰る……みんなで……」「そうね……帰らなきゃ……私たちの場所へ」「……学園も……きっと騒ぎになってるわ」

 ミーニャが尻尾を揺らし、フィオナが微笑み、エレインが頷く。リィネが扇を閉じた。

「未来は……まだ白紙ですわ。でも……あなたとなら……どんな未来でも構いません」

「……行くぞ。次の晩餐のために」

 テツクズ号が動き出す。迷宮の深層を抜け、仲間たちの笑い声を乗せて。

――境界線の晩餐は、まだ始まったばかりだった。

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