境界突破、捕食者の晩餐
十層の空洞に、第二波が満ちた。
アウモデウスの六本の腕が空洞全体を覆い尽くす。触手が四方から迫り、地面が陥没し、岩壁が砕ける。一撃ごとに空気が歪む。未来が断たれ、因果が喰われ、存在が削り取られていく感覚。
ミーニャが影から飛び出し、フィオナが王威を放ち、エレインが魔力を叩きつけ、リィネが勝利の糸を固定する。だが――
「……弱イ……弱イ……弱イ…… オマエタチノ因果……喰ウ価値ナシ……」
アウモデウスが笑った。六本の腕が広がり、空洞全体が黒い霧に包まれる。
「っ……視界が……!」「魔力が……吸われる……!」「影が……消える……!」「未来視……完全に無効……!」
仲間たちの力が、すべて無にされていく。魔力も未来も因果も喰らう怪物。人間が積み上げてきたあらゆる概念を、ただの餌として扱う存在。その三つの顔が、ゆっくりとシュウを見た。
「……境界ノ捕食者……オマエノ因果……特別……喰ラセロ……」
六本の腕が同時に振り下ろされた。ズドォォォォォン――シュウは吹き飛ばされ、岩壁に叩きつけられる。肺の空気が抜け、視界が揺れた。
(……重い)(……速い)(……強い)
今までのどの敵よりも強い。それでも。
「……まだだ」
シュウは立ち上がった。
「シュウ!! もう無理……! あれ……影も……未来も……全部食べる……!」
ミーニャが叫ぶ。フィオナが震える声で続けた。
「王威が……効かない……私の力が……全部吸われる……!」
「……魔力の流れが完全に逆流してる……この空洞そのものが……アウモデウスの胃袋……!」
エレインが魔力を読み取り、顔を青くする。リィネが扇を握りしめ、唇を開いた。
「シュウ様……このままでは……あなたの未来が……!」
シュウは静かに言った。
「……未来がどうなろうと……俺は……仲間を守る」
その瞬間、空気が変わった。
ミーニャが息を呑む。フィオナが「な、何……? 空気が……重い……?」と声を震わせる。エレインが魔力の流れを読み取り、目を見開いた。
「……嘘……魔力の流れが……“逆流”してる……シュウの方へ……!」
「……境界……“境界”に触れている……シュウ様が……!」
リィネの声が震えた。シュウの周囲の空気が歪み、黒と白の境界線が揺らめく。
アウモデウスが初めて声を震わせた。
「……ナンダ……ソノ因果……喰エナイ……? 喰エナイ因果……?」
「……俺の未来は……俺が決める」
シュウが包丁を構えた。アウモデウスの三つの顔が、同時に叫ぶ。
「――境界ノ捕食者ァァァァァ!!」
六本の腕が一斉に襲いかかった。シュウは包丁を振るった。
ズバァァァァァン――アウモデウスの腕が、因果ごと斬り落とされた。
「……ガ……ァ……!?」
アウモデウスが初めて悲鳴を上げた。
「……シュウ……強い……!」「王威より……強い……!?」「……魔力じゃない……“境界”の力……!」
ミーニャが叫び、フィオナが目を見開き、エレインが震える声で言う。リィネが涙を浮かべながら呟いた。
「……未来を越える者……本当に……境界を越えてしまったのですね……!」
アウモデウスの三つの顔が、同時に歪む。
「……喰エナイ因果……喰エナイ未来……喰エナイ存在……オマエ……何者……?」
「……仲間を守る”捕食者”だ」
アウモデウスが咆哮した。
「――因果崩壊!!」
空洞全体が黒く染まる。未来が断たれ、因果が崩壊し、存在が削り取られていく。だが――シュウは一歩前に出た。
ミーニャが影を伸ばし、フィオナが王威を放ち、エレインが魔力を固定し、リィネが勝利の糸を結ぶ。
「……シュウ、守る!!」「感謝しなさいよね!!」「魔力の流れ、固定するわ!!」「勝利の糸……固定!!」
仲間全員の力が重なり、アウモデウスの動きが止まった。シュウは包丁を逆手に構え、核へ踏み込む。
「――喰らう」
ズシャァァァァァン――アウモデウスの核が砕け、黒い霧が空洞に溢れた。
「……ア……アア……境界ノ捕食者……オマエ……何ヲ……喰ッタ……?」
「……未来だ」
アウモデウスの身体が崩れ落ち、黒い霧となって消えていく。十層の空洞が、静まり返った。
ミーニャが駆け寄る。フィオナが涙を浮かべ、エレインが安堵の息をつき、リィネが微笑んだ。
「……封印が……完全に消えた。悪魔は……もういない」
「……お見事ですわ、シュウ様。未来を……取り戻しましたのね」
シュウは包丁を収めた。
「……帰るぞ。晩餐の時間だ」
仲間たちは笑い、十層の空洞を後にした。
――境界の晩餐が、始まろうとしていた。




