古の悪魔、因果を喰らう者
十層の空洞が、赤黒い光で満たされていく。
祭壇が裂け、黒い触手が溢れ出す。その中心から――古の悪魔が姿を現した。
六本の腕。三つの顔。無数の眼。そして、因果を喰らう黒い核。
【古の悪魔・アウモデウス】
「……喰ラセロ……境界ノ捕食者……オマエノ因果……美味ソウダ……」
声は空洞全体から響いた。まるで世界そのものが囁いているようだった。
「……あれ……強い。影が……全部……飲まれる」
ミーニャが影に潜ろうとした瞬間、影が逆流した。足元の暗がりが、まるで意思を持ったように逃げていく。
「っ……影が……逃げる……!」
「……魔力の流れが全部”吸われてる”。この空洞そのものが、アウモデウスの胃袋みたい……!」
エレインが魔導書を握りしめる。ページが、今度は燃えるように赤く染まっていた。
「王威――!」
フィオナが展開する。黄金の光が空洞を満たす。だが――アウモデウスは微動だにしなかった。
「……王ノ因果……弱イ……喰ウ価値ナシ……」
「なっ……王威が……効かない……!」
「ガハハ……笑えねぇ……! こいつ……“魔物”じゃねぇ……!」
ガストンの声だけが、妙に正直だった。
「……未来視……完全に無効。この悪魔は……未来そのものを喰う存在……」
リィネが扇を握りしめ、唇を噛む。
アウモデウスの三つの顔が、ゆっくりとシュウを見た。
「……境界ノ捕食者……オマエノ因果……特別……喰ラセロ……」
「……来い」
シュウが包丁を構えた瞬間、六本の腕が同時に振り下ろされた。
ズドォォォォォン――
空洞全体が揺れ、地面が砕け、岩壁が崩れ落ちる。シュウはギリギリで回避し、包丁で触手を斬り払う。だが――斬った触手は、すぐに再生した。
「再生速度……速すぎる……! 魔力じゃない……因果で再生してる……!」
「王威・極光!!」
フィオナの黄金の光が触手を焼く。だが。
「……弱イ……」
アウモデウスが、光を喰った。
「魔力を……食べた……!?」
「アウモデウスは……魔力も、未来も、因果も……全部喰らう存在……!」
リィネの声が、初めて完全に揺れた。
ミーニャが影から飛び出す。
「……シュウ、守る!!」
その瞬間、アウモデウスの眼がミーニャを捉えた。影が消えた。足元の暗がりごと、存在を否定されたように。
「っ……影が……ない……!」
空中で無防備になったミーニャに、触手が迫る。シュウが飛び込み、抱えて転がった。
ズガァァァァァン――
触手が地面を抉り、巨大な穴が空く。
「……シュウ……怖い……あれ……影……全部……食べる……」
シュウはミーニャをそっと降ろし、包丁を構えた。
「……大丈夫だ。俺がいる」
アウモデウスの三つの顔が、同時に笑った。
「……仲間……守ル……? 弱者ノ因果……美味……」
六本の腕が広がり、空洞全体を覆う。触手が四方から迫る。エレインの結界が砕け、フィオナの王威が掻き消され、リィネの因果の糸が千切れる。
「結界が……!」「王威が……!」「糸が……切れる……!」
三人が同時に吹き飛ばされた。
「っ……!」
シュウが触手を二本、三本と斬り払う。だが再生が速い。斬るそばから戻ってくる。
(……埒が明かない)
腕が重い。傷がある。アルトリウスとの戦闘で負った因果の傷が、まだ塞がっていなかった。
「来ルガイイ……境界ノ捕食者……オマエノ因果……喰ラウ……!」
六本の腕が一斉に収縮し、シュウへ向けて叩きつけられる。
避けきれなかった。
ズガァッ――
岩壁に叩きつけられ、膝をつく。視界が揺れる。
「シュウ!!」
四人の声が重なった。
アウモデウスがゆっくりと近づいてくる。
「……因果……いただく……」
シュウは膝をついたまま、包丁を握り直した。
立てる。まだ立てる。
その時――胸の奥で、何かが静かに反応した。
【スキル:境界線――反応中】
黒と白の狭間。人と魔物の境。生と死の際。シュウのスキルは、ずっとその”境”に立つことを本質としていた。
(……俺は、まだ境界に立っている)
シュウはゆっくりと立ち上がった。
アウモデウスの眼が、初めて揺れた。
「……ナゼ……立ツ……? 因果ヲ喰ッタ……ハズ……」
「……喰い足りなかっただけだ」
空気が変わった。
ミーニャが息を呑む。エレインが魔力の流れを読み取り、目を見開く。
「……魔力の流れが……逆流してる……シュウの方へ……!」
リィネが震える声で呟いた。
「……境界……シュウ様が……境界に……触れている……」
シュウの周囲で、黒と白の境界線が揺らめく。
アウモデウスが初めて声を震わせた。
「……ナンダ……ソノ因果……喰エナイ……? 喰エナイ因果……?」
「……俺の未来は……俺が決める」
アウモデウスの三つの顔が、同時に叫んだ。
「――境界ノ捕食者ァァァァァ!!」
六本の腕が一斉に襲いかかる。シュウは包丁を構え、真正面から迎え撃った。
第二波が、始まった。




