懐古エピソード③:フィオナ編『王女の仮面と一口の毒味』
学園の長期休暇。王都の喧騒から少し離れた城下町は、活気ある市場の熱気に包まれていた。
「……はぁ。いい、シュウ? 私はあくまで王女として、民の食生活の実態を視察しに来たのよ。決して、あなたと遊びに来たわけじゃないんだからね!」
深いフードを目深に被り、慣れない平民の服に身を包んだフィオナが、声を潜めて言い放つ。
だが、その視線は、通りに並ぶ屋台から漂う香ばしい匂いに釘付けだった。宮廷の洗練されたフレンチとは正反対の、脂とスパイスが弾けるような暴力的な香り。
「わかってる。……だが、視察なら実体験が必要だろ。……ほら、これ食ってみろ」
シュウが差し出したのは、紙に包まれた一本の串焼きだった。
中層に生息する魔鳥『カザキリ丸』の腿肉を、強火で一気に焼き上げ、甘辛いタレを絡めたものだ。
「なっ……! そんな、道端で売っている正体不明の肉を、王族の私が口にしろと言うの!? 毒が入っていたらどうするつもり……っ!」
「……俺が作ったやつだ。仕入れも調理も俺がやった。……毒味、してくれないか?」
シュウが真剣な目で、フィオナを見つめる。
「毒味」という言葉。それは、常に毒殺の危険に晒され、食事すら「義務」でしかなかった彼女にとって、最も重く、切実な言葉だった。
「……あ、あなたが毒味しろと言うなら、……仕方ないわね。王女として、臣下の献立を確認してあげるわ」
震える手で串を受け取り、フィオナは小さく口を開けた。
上品なマナーを叩き込まれた彼女にとって、歩きながら肉を頬張るなど、本来なら言語道断の行為。
だが――。
「……っ!? ……あ、熱い……。でも、……何これ……っ!」
溢れ出す肉汁。ガツンとくるスパイスの刺激。
宮廷料理のような繊細さはないが、そこには「生きるためのエネルギー」が満ち溢れていた。何より、シュウが自分のために焼き上げたという事実が、彼女の胸の奥を熱くさせる。
「……ふふ。……ふふふっ! 変な味。……こんなに品がなくて、……でも、こんなに安心する味、初めてだわ……」
気づけば、フィオナはフードが脱げるのも構わず、屈託のない笑顔を見せていた。
常に「王女」という重い仮面を被り、民のために、国のためにと背負い続けてきた彼女が、ただの「お腹を空かせた一人の女の子」に戻った瞬間だった。
「……シュウ。……あ、あともう一口だけ、毒味してあげてもいいわよ? ……あくまで、品質チェックのためなんだからね!」
顔を真っ赤にしながら、空になった串を差し出すフィオナ。
その瞳には、もはや王族としての義務感ではなく、シュウの隣で過ごす「今」を愛おしむような、純粋な光が宿っていた。
(……お父様も、お母様も知らない。……私だけの、秘密の味)
後日談で彼女が給仕服をまとい、「毒味にならなかった」とこぼすようになるのは、この時の「一口」が、彼女の世界を塗り替えてしまったからに他ならない。
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