表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/71

懐古エピソード②:エレイン編『不器用な旋律とエルフの耳』

迷宮中層――『古代遺跡エリア』。

 かつての高度な魔法文明が遺した石造りの回廊は、魔力を吸い取る特殊な結界に覆われていた。

「……はぁ、……はぁ……。……まだ、いけるわ。この程度の魔力枯渇、……エルフの誇りにかけて、……なんてことないわよ!」

 エレインは、古びた壁に背を預けながら、必死に荒い息を整えていた。

 手元の魔導書は重く感じられ、翡翠色の瞳は疲労で霞んでいる。彼女はこの遺跡に眠る、魔物たちの生態を記した古文書の解読を任されていた。だが、遺跡特有の「魔力喰い」の結界が、彼女の精神をじわじわと削り取っていく。

「おい、エレイン。……無理すんなって言っただろ。耳、下がってるぞ」

「なっ……! ……見ないでよ! これは、風の精霊と交信するために、……あえて角度を調整してるだけなんだから!」

 シュウの指摘に、彼女は慌てて尖った耳をピンと立て直す。

 エルフにとって、耳は感情のバロメーターだ。特にエレインのような高貴な家系の者は、常に耳を水平に保ち、冷静沈着であることを叩き込まれてきた。

 だが、シュウは彼女の強がりを無視して、足元の影から一つの小瓶と、丁寧に包まれた包み紙を取り出した。

「休憩だ。……遺跡の奥にいた『魔導大蜂』のロイヤルゼリーと、中層限定の『月見リンゴ』で作ったコンポートだ。魔力回復に効くぞ」

「……そんな、魔物の素材を使った得体の知れないもの……。……第一、私は今、解読で忙しいのよ……」

 口では拒絶しながらも、エレインの鼻は、包みから漂う芳醇な甘い香りを捉えていた。

 シュウは無言で、木製のスプーンにたっぷりとコンポートを乗せ、彼女の口元へ差し出す。

「……あーん、しろ。手が震えてて、自分で食えないだろ」

「な、ななな……ッ!? ……誰がそんな、子供みたいなこと……っ!」

 顔を真っ赤にするエレイン。だが、シュウの真っ直ぐな瞳に見つめられ、抗いきれずに小さく口を開けた。

「……ん。……っ!?」

 口の中に広がったのは、暴力的なまでの「甘美」だった。

 リンゴの爽やかな酸味を、大蜂の蜜が濃厚に包み込み、噛むたびに純度の高い魔力が脳を突き抜けていく。

「……美味しい……。……何これ、……信じられない……」

 その瞬間だった。

 エレインの意志に反して、彼女の尖った耳が、パタパタパタ……ッ! と激しく上下に跳ねた。

「あ……。……い、今の、違うのよ! これは精霊が喜んでるだけで、私が嬉しいわけじゃ……!」

「……ふっ。……いいじゃねえか。お前の魔法は繊細で、いつも助かってる。……でも、その耳はもっと素直でいいと思うぞ」

 シュウが、エレインの頭にポンと手を置く。

 エルフにとって、頭に触れられるのは親愛の極み。本来なら激昂するはずの場面だが、エレインの耳は、彼の掌の温かさに反応して、さらに嬉しそうにパタパタとリズムを刻んでしまった。

「……もう。……勝手なことばっかり言って。……でも、……今回だけよ。特別に、力を貸してあげるんだから」

 魔力が回復し、顔を赤らめながら再び魔導書に向き合うエレイン。

 けれど、その耳はその後も、シュウが隣に座るたびに、周囲に翡翠色の魔力を散らしながら幸せそうに震え続けていた。

 (……最低。……こんなの、計算外よ。……でも、……この音、シュウには聞こえてるのかしら)

 不器用なエルフの旋律は、静かな遺跡の中に、いつまでも小さく響いていた。

面白いと思ったらブックマーク、評価をお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ