表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/59

懐古エピソード①:ミーニャ編『影と陽だまりの境界線』

迷宮中層、第五階層群――通称『原生林エリア』。

 見上げるほどの巨樹が空を覆い尽くし、湿った土と魔物の死臭が入り混じるこの場所は、並の冒険者にとっては地獄でしかない。だが、猫獣人のミーニャにとって、ここはかつての「家」に似た、ただの狩り場だった。

「……シュウ。……あっち、大きな気配。……たぶん、グレート・ベア」

「ああ、わかってる。……少し待て。今、いい部位を切り出すからな」

 返り血を浴びたシュウが、無造作に包丁を振るう。

 周囲には、先ほどまで襲いかかってきた魔物たちの残骸が転がっていた。シュウはそれらを「敵」としてではなく、単なる「食材」として淡々と処理していく。

 ミーニャは、少し離れた巨樹の根元に座り込み、その様子をじっと眺めていた。

 尻尾が、落ち着きなく地面を叩く。

 (……変な人間。……【魔物喰い】なんて、みんな嫌がってたのに。……私の影、怖がらない)

 獣人族の中でも、影を操る希少な変異種だったミーニャは、故郷でも学園でも「不吉な影」と疎まれてきた。だから、誰にも心を開かず、迷宮の闇に溶け込むことだけが彼女の生存戦略だった。

 だが、この少年は違った。

 彼はミーニャの影を「便利だな」と一言で片付け、あろうことか、その影を使って「肉の熟成」を早めろなどと無茶な注文をつけてきたのだ。

「……終わったぞ。……ミーニャ、こっちへ来い」

「……ん」

 呼ばれるままに歩み寄る。

 シュウが差し出したのは、串に刺して炙っただけの、ごくシンプルな肉塊だった。だが、そこからは鼻腔をくすぐる、抗いがたいほど芳醇な香りが立ち上っている。

「食え。中層の連戦で、魔力が底を突きかけてるだろ」

「……バレてた」

「お前の影がさっきから震えてる。……無理しすぎだ」

 指摘され、ミーニャの耳がピクリと跳ねる。

 確かに、連日の強行軍で彼女の精神は限界に近かった。影を維持するには膨大な集中力が必要だ。だが、弱みを見せれば捨てられる――そんな強迫観念が、彼女を突き動かしていた。

 差し出された肉を一口、噛みしめる。

「……っ! ……美味しい。……熱くて、……身体の奥が、溶けそう」

 ただの魔物の肉ではない。シュウのスキルと調理によって、魔力がダイレクトに細胞へと染み渡っていく。

 張り詰めていた緊張が、温かな食事によって解きほぐされていく感覚。

「……ミーニャ。……お前は、いつも一人で闇を見張りすぎだ」

 シュウが、焚き火の隣に座り直す。

 彼は自分の背後に広がる影を指差した。

「俺の影に入れ。そこなら俺の魔力が循環してる。外敵からも、お前自身の不安からも、俺が隠してやる」

「……シュウの、影に……?」

「ああ。そこが一番安全だ。……お前が眠っている間は、俺が全部喰ってやるから安心しろ」

 ぶっきらぼうな言い方だった。

 けれど、その言葉はミーニャにとって、どんな高価な魔法よりも心強かった。

 恐る恐る、ミーニャはシュウの隣に歩み寄り、その背中に重なるようにして座った。

 少年の影は、思っていたよりもずっと温かかった。

 いつも自分を蝕んでいた「冷たい闇」とは違う、陽だまりのような安心感。

「……じゃあ。……少しだけ。……おやすみ、シュウ」

 ミーニャの意識は、瞬く間に深い眠りへと落ちていった。

 その際、無意識のうちに――本当に無意識のうちに、彼女の尻尾が、シュウの腰をきゅっと抱きしめるように巻き付いた。

 (……離さない。……この温かい場所は、私のもの)

 それが、後に学園中を騒がせる「シュウの腰の定位置」が確定した、最初の瞬間だった。

 夢の中で、ミーニャの耳は幸せそうに、何度も何度もパタパタと跳ねていた。

面白いと思ったらブックマーク、評価をお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ