後日談:『境界線の向こう側、飽くなき食卓』
聖クロイツ学園の最端、かつての廃棄物集積場には、今や学園で最も豪華で、最も「予約が取れない」場所が存在していた。
看板には、包丁と龍の牙を交差させた紋章。
店名は――『境界線の晩餐』。
「……おう、シュウ。五層の『霜降り岩猪』の熟成が終わったぞ。こいつを最高の火加減で焼きな!」
ガストンが、新調した魔導オーブンから巨大な肉塊を取り出し、豪快に笑う。彼は今や、学園の施設管理責任者という肩書きを持ちながら、実質的にはシュウの「専属シェフ助手」となっていた。
「……ああ、助かる。……ミーニャ、付け合わせの野草は?」
「……ん。……これ。……一番、柔らかいところ」
影からひょいと現れたミーニャは、シュウの腰に銀色の猫尻尾を巻き付け、当然のように定位置を確保する。彼女の耳は、シュウが「いい出来だ」と褒めるたびにピクピクと跳ね、尻尾はメトロノームのように幸せなリズムを刻んでいた。
「ちょっと! そこでイチャイチャしないのよ! ほら、お客様が待ってるんだから、早く運びなさい!」
給仕服に身を包んだ王女フィオナが、顔を真っ赤にして指示を飛ばす。
「わ、私は王女として、民の食生活を視察しているだけなんだからね! 別に、このお店のウェイトレスが板についてきたなんて、これっぽっちも思ってないんだから!」
ツンとあごを引いてトレイを掲げる彼女だが、シュウが隠し味の小皿を一口差し出すと、パァッと顔を輝かせ、「……あ、あんまり美味しくて、毒味にならなかったじゃない……」と、完全にデレてしまっていた。
「……ふふ。フィオナ、またシュウ様に甘やかされて。……私の計算によれば、今夜のデザートが出る頃には、あなたがシュウ様に抱きつく確率は『100%』ですわよ」
カウンターで優雅にワインを嗜むのは、知略担当のリィネだ。
彼女の豊かな狐尻尾は、椅子の下でゆらゆらと、独占欲を誇示するようにシュウの方へと伸びている。彼女は学園の理事会を裏から操り、この店を「アンタッチャブルな聖域」へと変えていた。
「な、何を言っているのよこの狐! ……それよりエレイン、あなたの魔法でスープの温度を保ちなさいよ!」
「言われなくてもわかってるわよ! 私の精霊魔法を保温なんかに使わせるなんて……。……でも、……シュウが『お前の魔法は繊細で助かる』って言うから、特別にやってあげてるだけなんだからね!」
エレインは古文書を広げながら、精密な魔力制御で鍋を温める。彼女の尖った耳は、シュウの足音を聞くたびに嬉しそうにパタパタと震え、周囲に翡翠色の魔力を散らしていた。
かつての「ゴミスキル」の少年は、今や四華を従え、世界を救った最強の料理人。
だが、彼のやることは変わらない。
「……よし。……全員、賄いだ。……今日は、アスモデウスの爪先(の一部)を隠し味にした、特製シチューだ」
「「「「……いただきます!!」」」」
五人の乙女と一人の職人、そして一人の捕食者。
不揃いな彼らが囲む食卓には、かつての絶望も、カーストも、境界線すらも存在しない。
あるのは、ただ「美味しい」という、単純で何よりも強い幸せだけ。
「……シュウ。……あーん」
ミーニャが口を開け、他のヒロインたちが「こ、この泥棒猫ぉ!」と叫び声を上げる。
学園の夜は、これからも賑やかに、そして美味しく更けていく。
シュウが切り開いた『境界線』の向こう側には、誰も見たことのない最高のフルコースが、どこまでも続いていた。
続編:魔物喰いの境界線Ⅱにご期待ください!




