物語完:『境界を食らう者、魂の共饗』
迷宮第21層、最深部。そこは重力すらも歪み、あらゆる物質が分解される「虚無の領域」だった。
中心に鎮座するのは、千の目と漆黒の翼を持つ古の悪魔、アスモデウス。その圧倒的な魔力の奔流に、学園の精鋭ですら立っていることすら叶わない。
「……クックック……。……ようやく来たか、不純なるネズミ共。……この世界の『境界』を壊し、全てを我が空腹の贄としてくれるわ……!」
アスモデウスが右手をかざすと、空間そのものが削り取られるような衝撃波が放たれた。
だが、その一撃を、巨大な鋼の盾――『テツクズ号』の装甲を剥いで作り替えた特注の防壁が弾き飛ばした。
「ガハハ! 悪魔の力なんざ、俺の打った『魔鋼』の前じゃ、ただの風だぜ! シュウ、行けッ!!」
ガストンが叫ぶ。
シュウは、ガストンがアルトリウスの聖剣の破片と龍鱗を融合させて完成させた最終兵器、**『聖魔融合・断絶の包丁』**を正眼に構えた。
「……ミーニャ、エレイン、フィオナ、リィネ。……合わせるぞ」
「……ん。……シュウ。……影、全部貸す」
ミーニャがシュウの背後に重なり、影の翼を広げる。彼女の銀色の猫尻尾が、シュウの腰を強く抱きしめるように巻き付いた。死を目前にしても、その尻尾の動きは「あなたと一緒なら怖くない」と激しく振られている。
「……ふ、ふん! 私の『極大精霊魔法』、外したら承知しないんだからね! ……一回きり、全力でいくわよ!」
エレインの翡翠色の瞳が燃える。彼女の尖ったエルフ耳は、シュウの鼓動と完全に同調し、歓喜と緊張でかつてないほどパタパタと震えていた。
「王の命令よ! ――ひれ伏しなさい、絶望の化身ッ!!」
フィオナが黄金の王冠を顕現させる。彼女の『絶対君主の審判』が、アスモデウスの巨体を一瞬だけ、強引に地面へと縫い止めた。彼女の指先は震えていたが、その瞳はシュウへの揺るぎない愛で満ちている。
「……ふふ。……最高の『勝利の糸』、手繰り寄せましたわ」
リィネが扇を投げ捨て、両手で複雑な印を結ぶ。彼女の豊かな狐尻尾が、背後で黄金の炎のように燃え上がり、千の未来から「シュウが勝つ唯一の瞬間」を今、この現実に固定した。
「――喰らえ」
シュウが跳んだ。
四人の乙女の想い、ガストンの技術、そしてこれまで喰らってきた数千の魔物の怨念と命。その全てを、一本の包丁に凝縮する。
「な……っ!? 貴様、……人の身で、……我が絶望を『断つ』というのか……!!」
「……ああ。……お前は不味すぎる。……だから、この世から消えてもらう」
【最終奥義:『境界断絶・魂の解体』発動】
閃光が、深淵の闇を真っ白に塗りつぶした。
アスモデウスの悲鳴が虚無に消え、巨大な魔力の塊が、シュウの包丁によって「無」へと還されていく。
――静寂。
崩れ落ちる迷宮の最深部で、シュウは地面に膝を突いた。
包丁は砕け散り、魔力は枯渇している。
だが、その背中には、すぐに四つの温もりが重なった。
「……シュウ。……やったね」
ミーニャが涙を浮かべ、喉をゴロゴロと鳴らしながら抱きつく。
「も、もう! 無茶しすぎよ! 私がいなかったら死んでたんだからね!」
フィオナが泣き笑いのような顔で、シュウの頬を包み込む。
「……ふん。……まあ、合格点ね。……あ、あともう少しだけ、こうしていてもいいわよ……」
エレインが顔を真っ赤にして、シュウの肩に頭を預ける。耳は、もはや動きを止めることなく幸せそうに震え続けている。
「……ふふ。……私の千里眼にも、こんなに『温かな結末』は映っていませんでしたわ」
リィネがシュウの腕を抱き、大きな尻尾で全員を包み込むように丸くなった。
「ガハハ! 大成功だな! さあ、帰るぞ! 地上で最高の『勝利の宴』が待ってるぜ!!」
迷宮から溢れ出す朝日の光が、ボロボロになった彼らを照らす。
「ゴミスキル」と呼ばれた少年は、今や世界を救った最強の捕食者となり、その傍らには、彼を愛してやまない最強の乙女たちがいた。
シュウたちの物語は、ここで一つの『境界線』を越えた。
けれど、彼らの「美味しくて、騒がしい日常」は、これからもずっと続いていく。
【物語・完:『魔物喰いの境界線』――そして、伝説の晩餐へ】




