『銀の月、影を食らう爪』
学園の喧騒が届かない、秘密基地の裏手にある演習場。そこには、月明かりを浴びて舞う二つの影があった。
「……はぁ、……っ!」
ミーニャが鋭い踏み込みと共に、シュウの懐へと飛び込む。その手には、シュウが仕留めた『影走り(シャドウ・ランナー)』の牙をガストンが加工した、二振りの漆黒の短剣が握られていた。
シュウはそれを出刃包丁の腹で受け流し、彼女の動きを観察する。
「……ミーニャ、速くなったな。でも、まだ『迷い』がある」
「……ん。……シュウ、捕まえられない。……悔しい」
ミーニャが無表情のまま、不満げに鼻を鳴らす。しかし、その背後で銀色の猫尻尾が、まるで鞭のように激しくしなって空気を打っていた。それは彼女の闘争心と、大好きなシュウに認められたいという隠しきれない高揚の証だ。
【ミーニャの特訓:シュウから分け与えられた『高濃度魔物肉』により、獣人としての潜在能力が覚醒中】
「……これ、食べて。……もっと、影に溶けられる」
シュウが差し出したのは、四層の深部で密かに採取してきた『闇影茸』と、魔鳥の肝を煮込んだ特製スープだ。
ミーニャは躊躇なくそれを飲み干す。
――瞬間、彼女の周囲の空気が揺らぎ、輪郭が闇に溶け込んだ。
【能力進化:ミーニャの固有スキルが『影渡り』から『無幻の影』へ変質】
【ステータスが 2,100 を突破。四層の単独探索が可能になりました】
「……あ、あら! またこんな夜更けに、二人っきりでいかがわしい訓練をしているの!?」
茂みをかき分けて現れたのは、王女フィオナだった。彼女は相変わらず顔を真っ赤にしつつも、その手には重厚な『聖王の法典』を抱えている。
「べ、別に心配で見に来たわけじゃないわ! 私の『王威』のスキルが、少しだけ……その、この場所の魔力に反応しただけなんだから! 勘違いしないでよね!」
フィオナがぷいと横を向くが、その視線はシュウの逞しい腕に釘付けだ。
彼女もまた、シュウの「異常な強さ」に触発され、密かに王家に伝わる禁呪の修行を始めていた。彼女のステータスもまた、シュウという「基準」があることで、かつてない上昇を見せている。
「……ふん、相変わらず騒々しいわね。フィオナ、声が大きすぎるわよ」
エレインが、古びた魔導書をめくりながら現れる。彼女の尖った耳は、シュウがミーニャの頭を撫でる手の音すら聞き逃さないほど過敏に反応し、嫉妬(?)でぴくぴくと小刻みに震えていた。
「……シュウ。……あの悪魔、二十層の底で待ってる。……私、もっと強くなる。……シュウの影になって、守るから」
ミーニャがシュウの腕に、そっと自分の頬を寄せた。
銀色の尻尾が、シュウの足首に甘えるように絡みつく。
「……ああ。……二十層までは、まだ遠い。ゆっくり、確実に、全員で『境界』を超えていこう」
シュウの言葉に、フィオナは「当然よ!」と強がり、エレインは「助けてあげるわ」とツンと澄まし、リィネは暗がりから「……ふふ、未来が変わっていく音がしますわ」と尻尾を大きく振る。
最下層の悪魔が目覚めるその日まで。
今はただ、泥臭く、けれど愛おしい、この「強くなるための日常」が続いていく。




