「夜の演習場、影の目覚め」
秘密基地の裏手にある演習場。月明かりの下、二つの影が舞っていた。
「……はぁっ!」
ミーニャが漆黒の短剣を手に、シュウへと踏み込む。速い。一週間前とは比べ物にならない踏み込みだ。だがシュウは出刃包丁で軽く受け流し、一歩だけ横へ抜ける。
「速くなった。でも、まだ迷いがある」
「……どこ?」
「踏み込む直前。一瞬、目が泳ぐ」
ミーニャは唇を結んだ。銀色の尻尾が、悔しさで鞭のようにしなる。
「……もう一回」
何度目かの打ち合いの後、シュウは火にかけておいた小鍋を下ろした。『闇影茸』と魔鳥の肝を煮込んだスープだ。深層産の食材特有の、重く甘い香りが漂う。
「飲め。三層以降の魔物の因子が入ってる。お前の影のスキルと相性がいいはずだ」
ミーニャはためらいなく受け取り、一息に飲み干した。
次の瞬間——彼女の輪郭が、夜へ溶けた。
【能力進化:ミーニャの固有スキル『影渡り』が『無幻の影』へ変質】
【ステータスが 2,100 を突破】
月明かりの中に、ミーニャの姿がない。気配もない。足音もない。
「……シュウ」
声は、真後ろから聞こえた。
振り向くと、闇の中からミーニャがゆっくりと浮かび上がってくる。まるで影そのものが形を持ったかのように。彼女の銀色の瞳だけが、暗闇に静かに輝いていた。
「……シュウの影、触れる」
「……ああ。それがお前の本当のスキルだ」
ミーニャは闇の中からするりと歩み出て、シュウの背中へ頬を押しつけた。
「……ん。……ここが、一番落ち着く」
その時、茂みが激しく揺れた。
「ちょっと!! 二人で何してるのよ!!」
フィオナが仁王立ちで現れ、ミーニャとシュウの距離を見て顔を真っ赤にする。
「な、な、何でもないわよ! 夜風に当たりに来ただけだもの! 王族だって夜風くらい吸うわよ!!」
「……フィオナ、声が大きい」
エレインが後ろから静かに現れ、フィオナの背を押して演習場へ入ってくる。翡翠の瞳はシュウを一瞥し、それからミーニャへ向いた。尖った耳が、忙しなく動いている。
「……ミーニャ、スキルが変わったわね。気配が完全に消えてた。……いつから?」
「……今」
「今!?」
フィオナが素っ頓狂な声を上げ、エレインが眉を上げる。シュウはさっさと鍋を片付け始めた。
「明日も早い。帰れ」
「ちょっと、冷たすぎない!?」
「……シュウ、撫でてくれたら帰る」
ミーニャが上目遣いで要求する。シュウは無言でミーニャの頭に手を乗せ、一度だけ撫でた。
「……ん」
フィオナは何も言えなくなり、エレインは耳を両手で押さえた。
夜の演習場は、ミーニャの覚醒と、二人のヒロインの奇妙な熱気に包まれたまま、静かに更けていった。




