「鋼鉄の巣、始まりの食卓」
三層の主を喰らい尽くした『合同探索演習』から一週間。
聖クロイツ学園は、いまだその衝撃的な噂で揺れていた。
――伝説の聖剣すら歯が立たなかった守護像を、平民特待生シュウが「鍋の材料」にした。
だが当の本人は、喧騒を避けるように学園の最端、廃棄物集積場へ向かっていた。
一週間前とは見違えるような「家」が、そこに建っていた。
騎士道部に捨てられた鉄板。壊れた馬車の車輪。魔導具の残骸。本来ならゴミでしかないはずのそれらが、見事に組み上げられ、頑丈な壁と風除けの屋根になっている。中央には、黒い鉄塊のような巨大暖炉――ガストン特製の『魔導炉』が鎮座していた。
「……おう、シュウ。戻ったか」
ガストンが誇らしげに窯を叩く。
「三層で拾った金剛水晶を炉心に練り込んだ。どんな硬い肉でもトロトロに煮込めるぞ。ガハハ!」
【ガストンの鍛冶スキルが『神の鍛冶槌』から『魔鋼錬成』へ進化】
シュウは無言で暖炉の前にしゃがみ、持ち帰った二層産の魔獣肉を取り出した。塩と採取した薬草だけで下拵えをはじめる。脂の乗った肉が魔導炉の熱で焼かれると、廃棄物集積場には似つかわしくない豊かな香りが漂い始めた。
影から音もなくミーニャが現れ、二層で仕留めた『影走り』を差し出す。
「……おみやげ」
「ああ、助かる。一緒に煮込もう」
暖炉の火が揺れた瞬間、ミーニャの足元の影がするりと伸び、シュウの影へ溶け込んだ。まるで当たり前のように。ミーニャ自身は気づいていない様子で、ただシュウの隣にぴたりと座っている。
そこへ、騒がしい足音が近づいてきた。
「ちょっと! 何よこの無骨な建物は!」
フィオナが仁王立ちで現れ、次の瞬間、鼻先に届いた肉の香りに動きを止めた。
「……な、何この匂い」
「入るなら入ればいい。出るなら出ればいい」
シュウは振り向きもせず言う。フィオナは一瞬唇を尖らせたが、結局、暖炉の前に腰を下ろした。
エレインは入口で立ち止まり、魔導炉をじっと見つめた。
「……この炉、ただの熱源じゃないわね。水晶の魔力を制御して燃焼効率を上げてる。ガストン、あなたが?」
「おうよ! エレイン嬢ちゃん、目がいいな!」
翡翠の瞳が細まる。エレインは無言で中へ入り、シュウの向かいに座った。尖った耳が、揺れる炎の音に合わせてわずかに動いている。
しばらくして、扇を持った狐耳の少女が静かに降り立った。
「まあ、皆さまお揃いで。……この光景だけは、私の千里眼でも読めませんでしたの」
リィネが扇を閉じ、全員を見渡す。その琥珀色の瞳が、一瞬だけシュウに向いた。
「――第十層付近。そこに封印されている『古の悪魔・アウモデウス』の鼓動が、震えていますの」
フィオナが息を呑む。エレインの耳が、緊張で僅かに揺れた。
「聖剣のアルトリウス様ですら震え上がる絶望の象徴。もし完全に目覚めれば、この学園は餌場になりますわ」
沈黙が落ちた。炎だけが、静かに揺れている。
シュウは鍋をひと混ぜして、包丁を取り出した。研ぎ石に当てる、規則正しい音が響く。
「……いい獲物になりそうだな」
「……その悪魔、人型ですのよ?」
リィネが試すように笑う。大きな狐尻尾が、ゆっくりと揺れていた。
「……人は喰わない。それをやったら、俺は”魔物”になる」
リィネの瞳が、かすかに揺れた。扇が、静かに開く。
「……ふふ。そうですわね」
鍋が煮立ち始めた。ガストンが椀を並べる。ミーニャがシュウの袖を引く。フィオナは「べ、別に腹が減ったわけじゃ」と言いながら椀を受け取る。エレインは黙って両手で持った。
廃棄物集積場の夜に、初めて「食卓」ができた夜だった。
それは、深層の影へと続く道の、静かな始まりでもあった。




