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夢紡ぎの街 ―感情と日常の異世界スローライフ―  作者: たむ


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第2章 第136話:戻ってくる足音

同じ場所へ、もう一度来る。

それは何も起きないようでいて、とても大きなことなのかもしれない。

昨日と同じように見える道を歩き、同じ門の前で立ち止まり、同じ白を見る。

その繰り返しの中で、人は少しずつ、自分の気持ちの持ち方を変えていく。

戻ってくるというのは、答えを持ってくることではない。

まだ途中にある自分のままで、もう一度その場所を選べるということだ。

この日、線のそばの二つの白は、そうした“戻ってくる足音”を静かに受け止めていく。

朝のここは、昨日よりも空が高かった。


雲は薄く、白い光が二つの花へまっすぐ落ちている。

先に咲いた白は落ち着きのある形を保ち、後から咲いた白は昨日よりわずかに花弁を広げていた。

そのあいだの空気も、石の縁も、もうこの場所の呼吸みたいに自然にそこにある。


リオナは小さな水差しを手に取り、いつものように二つの白へ水をやる。

水が土へ落ちる音を聞きながら、ふと思う。

この場所はもう、“変わる瞬間”だけを待つ場所ではない。

今日もここにあるものと、今日またここへ来る誰かを迎える場所になりつつあるのだ、と。


「……きょうは、帰ってきやすい朝かも」

そう呟くと、リナライが首をかしげた。

「……かえってきやすい?」

「うん。なんとなくね」

「……わかる」

リナライは二つの白の前の空気を見る。

「……きのうより、まっすぐ」

その表現に、リオナは少し笑う。

「まっすぐ、か」

「……うん。来るなら、来ていいって感じ」

「たしかに」


シオンもまた、石の縁と、その前の二つの白を見ていた。

灯りがやわらかく揺れる。


「……ここ」

「うん」

「……くる」

「うん。来るね」

少し間があいて、

「……また」

リオナとリナライは顔を見合わせる。


「いま、“また”って?」

リナライがそっと聞く。

シオンの灯りが明滅する。

「……また」

もう一度、たしかにそう言った。


リオナの胸に、静かな熱が差す。

一度だけではない。

また来る。

またここにいる。

その繰り返しへ、シオンも触れ始めているのだ。


「うん」

「今日は、また来る日かもしれないね」


午前のうち、最初にやって来たのはユアンだった。


昨日、ため息を置いていった青年。

今日の彼は、来た時点で昨日ほど肩が固くはない。

それでも、門の前で一度だけ立ち止まり、二つの白を見るまでに小さなためらいがあった。


「おはよう」

リオナが声をかけると、ユアンは少しだけ目を細めて会釈する。

「……おはようございます」

「また来たんだね」

その言葉に、ユアンは少しだけ照れたように笑った。

「……はい」

「今日は?」

「今日は……」

彼は少し考えてから、二つの白を見る。

「特に何かあったわけじゃないんです」

「うん」

「でも、昨日帰る時に、たぶんまた来るなと思って」

その言い方が、とても静かで正直だった。


リナライが、小さく嬉しそうに言う。


「……また、きた」

ユアンは少し驚いたようにそちらを見る。

「うん」

「……また、来ました」


今日は彼は、勧められる前に石の縁へ腰を下ろした。

その動きが自然だったことに、リオナは気づく。

昨日は“座っていいか”を確かめるような座り方だった。

今日は、ここへ来たら少し座るものだと体が覚え始めている。


ユアンは二つの白を見ながら、ぽつりと言った。


「……まだ全部は変わってないです」

「うん」

「家の空気も、まだちょっと微妙で」

「うん」

「でも、昨日よりはちゃんと話せました」

その“ちゃんと”が、彼にとってどれだけ大きいかは、その小さな声で十分伝わった。


「それはよかった」

リオナが言うと、ユアンは頷く。

「はい」

「昨日ここで、ため息ついて帰ったあと」

彼は少し考える。

「少しだけ、黙ったままでいなくてもいい気がしたんです」

二つの白は、変わらずそこにある。

すぐに何かを解決してくれたわけではない。

でも、ここへ来たあとで、ほんの少しだけ別の話し方ができた。

それだけでも十分な変化だったのだろう。


シオンはユアンを見る。

次に二つの白を見る。


「……また」

「うん」

ユアンが静かに返す。

「また、来た」

「……ためいき」

その言葉に、ユアンは少しだけ笑う。

「今日は、昨日より少ないです」

リツカが、少し遅れてやって来た。

ユアンが座っているのを見ても、もう驚かない。

反対側の縁へ静かに腰を下ろすと、二つの白を見た。


「……今日も来たんですね」

「はい」

ユアンが答える。

「昨日より、少しましな顔してる」

「そう見えますか」

「うん」

リツカは二つの白を見る。

「戻ってくると、少し違うのが見えますよね」

その言葉に、ユアンは少し考えてから頷く。

「……たしかに」

「花もそうだけど、自分も」


その会話を、シオンはじっと聞いていた。

花が少し違う。

来る人も少し違う。

でも、場所は同じ。

“また”というのは、そういうことなのかもしれなかった。


「……また」

シオンがもう一度言う。

「……ちがう」

リナライが、やわらかく笑う。

「……うん。また、だけど、ちがう」

リオナも静かに頷いた。

「同じ場所に戻ってきても、昨日と全く同じじゃないんだよね」


昼前、サラもやって来た。


昨日、一昨日と迷いを抱えて座った彼女は、今日は門の前で立ち止まったあと、少しだけ深く息を吸ってから中を見た。

その仕草だけで、彼女もまた“戻ってきた”のだとわかる。


「おはようございます」

「おはよう」

「……また来ました」

その言葉には、少しだけ自分でも可笑しさを感じているような響きがあった。


「うん」

リオナは笑う。

「また来たね」

サラは今日は石の縁へすぐには座らなかった。

少しのあいだ立って二つの白を見て、それから、静かに腰を下ろす。


その違いは小さい。

でも、昨日より少し自分で選んでいる座り方に見えた。


「決まりました?」

リツカが聞くと、サラは首を振る。

「まだです」

「うん」

「でも……」

彼女は二つの白のあいだを見る。

「昨日より、“決まってないこと”に慣れました」

その言葉に、リオナは静かに頷く。


慣れる。

答えが出ることとは違う。

でも、迷いの中で息ができるようになることも、きっと大事な前進だ。


「それ、すごく大きいと思う」

リオナが言うと、サラは少し目を細める。

「そうだといいです」

「うん」

「昨日は、“決めなくていい”って言われて、少し軽くなったんです」

「うん」

「でも今日は、“決めてなくても戻ってきていい”って思えた」

その言葉が、朝からこの場所に満ちていた意味を、ようやくはっきりした形にした気がした。


シオンはサラを見る。

次に石の縁。

そして、二つの白。


「……また」

ぽつりと。

「……まよう」

サラが顔を上げる。

「うん」

「……いていい」

その言葉に、サラはほんの少しだけ目を潤ませて笑った。

「……うん」

「それ、今日の私にはすごくいい」


ミレナが昼すぎに立ち寄った時、石の縁に座るユアンとサラ、少し離れて座るリツカを見て、小さく微笑んだ。


「ここ、戻ってくる人が増えましたね」

「うん」

リオナが答える。

「たぶん、来る理由を毎回ちゃんと説明しなくていいからだろうね」

「なるほど」

ミレナは二つの白を見る。

「白も、毎日ちゃんといるし」

「うん」

「それって、思ってるより大事なんですね」

その言葉に、リオナは静かに頷く。

今日もいる白。

また来ても変わらずここにある白。

それがあるから、人も“また”を選びやすくなるのかもしれなかった。


午後、ユアンは立ち上がる時に言った。


「たぶん、また来ます」

その声には、昨日のような遠慮が少なかった。

「うん」

リオナが答える。

「また来ていいよ」

「……はい」

ユアンはほんの少しだけ笑う。

「その言い方、助かります」

そう言って去っていく背中は、初めて来た日よりずっと自然だった。


サラも、帰る前にこう言った。


「まだ決めてないので」

「うん」

「また来ると思います」

リナライが嬉しそうに頷く。

「……うん」

「また、でいい」

サラはその言葉に、やわらかく笑った。

「はい。たぶん、またでいい」


夕方、石の縁は空いていた。

けれど、そこが空いていること自体が、どこかやわらかく見える。

誰も座っていなくても、“また誰かが座るかもしれない”という気配があるからだろう。


二つの白は、夕方の光を受けて静かに並んでいる。

同じ場所に、今日もいて、また明日もたぶんそこにいる。

その変わらなさと、来る人の少しずつ違う足音。

その両方が、この場所の時間をつくっている。


リナライは二つの白の前にしゃがみ込み、ぽつりと言う。


「……また、って、いいね」

「うん」

リオナが答える。

「一回だけじゃないってことだもんね」

「……うん」

「……なおってなくても、また」

「うん」

「……きれいじゃなくても、また」

リオナはその言葉に、少しだけ目を細めた。

「そうだね」

「ちゃんとしてなくても、また来ていい」

「たぶん、ここはそういう場所なんだと思う」


シオンは二つの白と、その前の石の縁を見る。

灯りがゆっくり揺れる。


「……また」

少し間があく。

「……ここ」

さらに小さく、

「……いていい」

そして最後に、

「……やさしい」


夕方の風が二つの白と、そのあいだと、空いた石の縁を静かに撫でていく。

その光景を見ながら、リオナは胸の中で思う。

この場所は、何かを一度だけ変えるための場所ではなく、少しずつ戻ってきて、少しずつやわらかくなっていける場所なのだと。

今回は、“戻ってくること”そのものに意味が生まれ始める回でした。

ユアンもサラも、答えを持ってきたわけではありません。

でも、「また来ました」と言えること、「また来ていい」と返してもらえること、その往復自体が小さな支えになっていました。

一度で何かが解決しなくても、戻ってこられる場所がある。

それは思っている以上に、人を救うことがあるのだと思います。


また、シオンが「また」「いていい」と繰り返したのも印象的でした。

花が毎日そこにあること、人がまた来ること、その両方をひとつのやわらかい流れとして受け取り始めているのかもしれません。

“また”は単なる繰り返しではなく、少しずつ違いながら続いていくことでもある――そんな感覚が、シオンの中でも育っているように見えます。


次は、この“また来ていい場所”に、今度は少し明るい気持ちを持って誰かが戻ってくるのかもしれません。

静かな庭の二つの白は、今日もまた、来る人の時間をやわらかく受け止めていきそうです。

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