第2章 第94話:吸い込む影 ― ノアの暴走
巨大影の残響は消えたはずだった。しかし境界に近い森の奥では、まだ微かな影の波が残っていた。その影は弱く、普通ならすぐに消えてしまうものだった。だが三体の影が存在することで、境界の影はこの世界に留まりやすくなっている。特にノアは影を吸収する力を持っている。そしてその日、巨大影の残した“影の欠片”がノアの力に触れた瞬間、予想もしなかった出来事が起きる。
森の奥の空気はまだ重かった。
巨大影が現れた場所には、普通の森にはない静けさが残っている。
セリスは観測装置を持って歩いていた。
針はゆっくり揺れている。
完全な境界反応ではない。
だが、残響は確かに残っていた。
「まだ影が残っています。」
リオナが言う。
「巨大影の痕跡ね。」
アルヴェンも森を見回していた。
「この規模の反応は王都でも観測できるかもしれない。」
その時だった。
ノアが突然止まった。
柔らかく揺れていた輪郭が、急に広がる。
地面の影がノアの足元へ集まり始めた。
リナライが驚く。
「ノア……?」
ノアは何も言わない。
ただ影を吸い込んでいる。
最初は小さな影だった。
木の根元の暗がり。
石の下の影。
草むらの黒い隙間。
それらがゆっくりノアへ流れ込む。
セリスが装置を見る。
「反応増加!」
隊員が叫ぶ。
「吸収量が増えています!」
リオナが眉をひそめる。
「止めないと。」
だがノアは止まらない。
吸収が強くなっていく。
ノアの輪郭が濃くなる。
黒が深くなる。
まるで影そのものになっていくようだった。
レンが素早く近づく。
影が細く伸びる。
レンはノアの周りを高速で回る。
だが止まらない。
ナリの核が光る。
どくん。
どくん。
ナリはゆっくり近づく。
「……ノ……ア……。」
ノアの輪郭が一瞬揺れた。
だが次の瞬間。
森の奥の影が一斉に動いた。
巨大影が通った場所から、黒い霧のような影が立ち上がる。
それがすべてノアへ流れ込む。
セリスが叫ぶ。
「巨大影の残響です!」
ノアが吸収しているのは普通の影ではない。
境界の奥の影。
巨大影の欠片。
ノアの体が膨らむ。
影が広がる。
木の影。
岩の影。
森の暗がり。
すべてがノアへ流れ込む。
リナライが叫ぶ。
「ノア……やめて……!」
ノアの声が聞こえた。
「……ノ……ア……。」
その声はいつもより低い。
深い。
影の奥から響く声。
アルヴェンが息を呑む。
「影が……変化している。」
ノアの輪郭が巨大になる。
三体の影の中で一番大きくなっていた。
レンが止まる。
レンの速度でも追いつかない。
ノアの影は広がり続けている。
ナリの核が強く光る。
どくん。
どくん。
ナリはノアの前に立つ。
「……ノア……。」
その瞬間。
ノアの影が一気に広がった。
森の地面が黒く染まる。
リオナが杖を掲げる。
「結界!」
光の輪が広がる。
だがノアの影は止まらない。
セリスが叫ぶ。
「暴走です!」
隊員が震える声で言う。
「吸収限界を超えています!」
リナライはナリを見る。
ナリの核が激しく光っている。
どくん。
どくん。
ナリはゆっくりノアに近づく。
レンも止まる。
三体の影が向き合う。
ノアの声が再び響く。
「……ノ……ア……。」
その声は苦しそうだった。
リナライが叫ぶ。
「ノア……ひとりで……しなくていい……!」
ナリの核が強く光る。
どくん!
光がノアに届く。
その瞬間。
ノアの影が大きく揺れた。
吸収が止まる。
森の影が少しずつ元に戻る。
ノアの輪郭がゆっくり小さくなる。
セリスが装置を見る。
「反応低下……。」
隊員が息を吐く。
「止まりました……。」
ノアの影は元の大きさに戻った。
だが以前より濃くなっている。
ノアは小さく言った。
「……ノ……ア……。」
リナライが静かに近づく。
「……だいじょうぶ……?」
ノアの輪郭が小さく揺れた。
ナリの核がゆっくり光る。
レンが静かに立つ。
三体の影が再び並ぶ。
だがアルヴェンはその光景を見ていた。
そして静かに呟いた。
「……影は……兵器になる。」
ノアは巨大影の残響を大量に吸収し、暴走寸前まで力を膨張させた。ナリの核の力とリナライの言葉によって暴走は止まったが、その出来事は王国の調査隊に大きな印象を残した。影はただの存在ではない。使い方によっては強力な力になる。王国はそれを理解し始めていた。影を守る村と、影を利用しようとする王国。二つの考えが静かにぶつかり始めている。




