第2章 第88話:王国の影 ― 調査隊
北方の森にある小さな村。その静かな場所に三体の影が存在していることを、ついに王国の観測院が突き止めた。境界波の異常は偶然ではなく、こちら側に固定された存在による共鳴である。研究院はすぐに報告を王都へ送り、王国は調査隊を派遣することを決めた。影は長いあいだ人々に恐れられてきた存在だ。しかし今、その影が人の世界で生きている。王国はそれを確かめるため、森の村へ向かう。
王都リシェル。白い石で作られた高い城壁の内側で、王国境界研究院の会議が開かれていた。長い机の上には北方の地図が広げられている。地図の一点には赤い印がつけられていた。
「ここが観測された地点です。」若い研究員が言った。「境界波が三つの周期で共鳴しています。」
部屋の奥に立つ男、アルヴェンが腕を組む。「三つ……。」彼は水晶記録を見ていた。波形は明らかに自然な境界の揺れではない。何かがこちら側に固定されている証拠だった。
「影が存在している可能性が高い。」アルヴェンは言う。
部屋がざわめいた。影は境界の向こうの存在だ。こちら側で安定することなど、これまで一度も確認されたことがない。
「もし本当に影が固定されているなら。」年配の研究官が言う。「王国の管理下に置くべきです。」
アルヴェンは静かに答える。「まず確認する。」
彼は地図の印を指差した。「調査隊を派遣する。」
数日後。北方の森の道を一隊の騎馬が進んでいた。王国の紋章をつけた調査隊だ。先頭にはアルヴェンがいる。その後ろには護衛の騎士と研究員が続く。
「本当に影がいると思いますか。」若い研究員が聞く。アルヴェンは森を見ながら答えた。「水晶は嘘をつかない。」
森の影が揺れる。境界の気配が近い場所特有の空気だ。
「この森は……。」騎士が言う。「妙に静かですね。」
アルヴェンは頷いた。「境界が近い。」
一方、村ではいつもの朝が始まっていた。川辺でナリの核が静かに光る。どくん。どくん。その鼓動は森の影を落ち着かせている。
ノアがゆっくり揺れる。周囲の影を吸い寄せて形を整えていた。レンは地面を滑るように動き、森の縁を見ている。
ミルが笑う。「レンまた動いてる。」
トオマが言う。「止まれない影。」
ユルクが真面目に言う。「速い影。」
リナライは三体を見て微笑んだ。「みんな……ここ。」
ナリが小さく声を出す。「……ナ……リ……。」ノアが続く。「……ノ……ア……。」レンも少しだけ音を出す。「……レ……。」
その時だった。
森の奥で枝が揺れる。人の足音だ。
レンがすぐに反応した。影が細く伸び、森の方へ滑る。
セリスが観測装置を見る。「人です。」リオナが目を細める。「来たわね。」
森の道から人影が現れた。鎧を着た騎士。そしてその後ろに学者のような服を着た男たち。
アルヴェンは村を見た。そして川辺の影に気づく。
「……あれか。」
ナリの核が光る。ノアが揺れる。レンが静かに前へ出る。
三体の影が並んで立つ。
村人たちは戸惑っていた。ミルが小さく言う。「知らない人。」
リナライは一歩前に出た。「……だれ?」
アルヴェンはゆっくり近づいた。彼の視線は三体の影に固定されている。
「信じられない……。」研究員が呟く。「本当に存在している。」
ナリの核が光る。どくん。ノアが揺れる。レンが地面の影を滑る。
アルヴェンはゆっくり言った。
「影……。」
そして静かに続けた。
「これは……歴史が変わる。」
森の風が揺れる。村の川が静かに流れる。
ナリ。ノア。レン。
三体の影が人間の前に立っていた。
ついに王国の調査隊が村へ到着した。ナリ、ノア、レンという三体の影の存在は、王国にとって歴史的な発見になる可能性がある。しかしそれは同時に危険でもあった。影は研究対象になるのか、それとも脅威として扱われるのか。村の静かな日常は、外の世界との出会いによって大きく変わろうとしている。物語は新しい段階へ進み始めた。




