寝不足
『前と同じ感じで良い? 明後日の朝の10時から』
『了解!』
相変わらず俺も朝奈さんも、ラインは短文だ。
眠い。俺は結局、あの動画を最後まで見ることができた。どうやって見たか? ドキドキするたびに、動画を止めて心を落ち着かせるのだ。そのせいで動画の視聴時間が大変なことになり、寝不足になってしまった。
……切り替えよう。俺はあくまで、『ゆかなん』さんの動画のお手伝いをしてるだけなんだ。
(朝奈さん、次は何の動画を撮るんだろうか……)
◇
いつもの駅で、朝10時ぴったりに俺と朝奈さんは出会えた。
「おはよ、柏木君。……大丈夫?」
「おはよう、朝奈さん。全然大丈夫だよ」
大丈夫じゃなかった。昨日は眠れなかったのだ。今更なのに、朝奈さんの家に行くのがドキドキしてしまって。動画に続き、二度目の寝不足。
「目に隈できてるよ?」
朝奈さんが俺の顔にぐいっと近づいてきて、俺は思わず一歩引いてしまった。
「あ、だ、大丈夫だから。あはは」
「そ、そう? ならいいけど」
今日の朝奈さんはロングのプリーツスカートに、上はベージュのニットを着ていた。シンプルで大人っぽい。
朝奈さんは俺の様子に、少し困惑しているみたいだった。
朝奈さんと並んでマンションまで歩く。手が触れそうな距離の朝奈さんは、良い匂いがした。
「今日ね、露ちゃんが柏木君と喋りたいって言ってて」
「へ?」
露さんって、『ゆかなん』さんのセリフを書いたり、動画編集したりしている人か。俺と喋ることなんてあるのだろうか。
「私、露ちゃんに柏木君が書いたネタの紙を見せたの。そしたら、素晴らしいって。『ゆかなん』のことをよくわかってる、ぜひ喋りたい、って露ちゃんが。……いい?」
「なるほど。俺もちょっと喋ってみたかったから、全然いいよ」
あんなセリフを考えついて、朝奈さんに、『ゆかなん』さんに言わせるなんてセンスがありすぎる。男心をよくわかってらっしゃる人だ。『ゆかなん』さんのファンとして、喋れるならぜひ喋りたかった。
「そっか。……その、露ちゃんおしゃべりだから、気をつけてね、柏木君」
「気をつける? ……何を?」
「あー……喋ったらわかる」
それだと注意した意味が無いのでは。俺と同じことを思ったのか、朝奈さんは説明を付け足した。
「えっとね、バリバリの関西人だから早口だし、喋ったら止まらないの」
「……それは、どう気をつければいいの?」
「あー……」
朝奈さんは口に手を当てて、考えこんでしまった。
「覚悟……しておいて?」
朝奈さんは、コテンと可愛く首を傾けてそう言った。そんな風に言ったって内容は可愛くならないし、それは反則です朝奈さん。可愛さに血反吐を吐きそうだ。
それはそれとして、露さんか。……覚悟だけは決めておこう。




