露さん襲来
朝奈さんがオートロックの番号を打ち込む。俺の背中側でキーを打つ音が聞こえる。マンションの扉が開いて、俺と朝奈さんは203号室の前に着いた。
「待っててね、柏木君」
そう言って朝奈さんは、鍵を開けて部屋の中に入って行った。ガシャンと扉が閉まる。……内側から閉める鍵の音がする前に、朝奈さんが扉を開けた。いつものタオルと紐を持っている。
突然、朝奈さんは持っていたタオルを自らの鼻に押し当てて、匂いを嗅ぎだした。
「あ、朝奈さん? 何を」
「今日はね、いつもと違う柔軟剤で洗ったの。せめていい匂いのタオルで縛られたいかな〜って」
なぜそんなに匂いを気にするのだろう。確かに、変な匂いのするタオルで縛られるのは嫌だけど。俺は縛られ方にこだわりなんてないぞ、朝奈さん。
俺は朝奈さんに背中を向け、両腕を差し出した。朝奈さんがタオルを俺の腕に巻き始める。
「……結局、何の匂いだったの? 朝奈さん」
「わかんない。お日様の匂いらしいけど。でもいい匂いだったよ!」
そんな会話をしながら、朝奈さんは俺の腕を縛り終えた。気持ち、いつもより縛り方が緩い気がした。
玄関に入って靴を脱ぐ。腕が縛られているので、玄関に腰を下ろしてから足でなんとかしようとする。そんなところを、朝奈さんが隣にしゃがんで、俺の靴を脱がしてくれた。
正直、この行為もとても気恥ずかしい。
「朝奈さん、足だけでも頑張れば脱げるからさ」
「え? でも、私が縛ったんだし……」
朝奈さんが俺の靴をちゃんと揃えて玄関に置く。部屋に着き、朝奈さんが置いてくれたクッションの上に俺は腰を下ろした。
「今日は心音の動画を撮るよ。まだロールプレイの台本ができてないの。ほとんどしゃべらないから、柏木君はつまらないかもしれないけど」
「いやいや、そんなことはないよ」
『ゆかなん』の収録現場にいるということに価値があるのだ。
「まあ、露ちゃんも喋りたがってたし、ちょうどいいから来てもらおっかな〜って、思ったの」
そう言って朝奈さんは、スマホを取り出した。ぽちぽちと画面を叩いている。
「露ちゃんと喋るの今からでいい?」
「わかった」
「最初は私が喋るから、ちょっと待っててね、柏木君」
朝奈さんはラインで通話をかけ始めた。プルルという通話音の後、電話が繋がる。
「もしもし!? ゆかなん! 柏木さんと喋れるってほんま!?」
「ほんまやよ〜」
ドカンと部屋に響き渡る声。こ、これが噂の露さん。俺がたじろいでいると、朝奈さんはスマホの音量をこっそり下げていた。露さんが、ちょうど良い大きさの音声になる。
「ちょお待って! ゆかなん、カメラ通話に切り替えて!」
「何で、露ちゃん?」
「おっぱい見せて! 久々やもん。ええやろ? 台本書いてきたし、そのお礼ってことで!!」
そんなことを、早口でまくし立てる露さん。朝奈さんの覚悟しておいての言葉は、嘘ではなさそうだ。あと、露さんにつられて関西弁になっている朝奈さんが、新鮮で可愛い。
朝奈さんは何度か断っていたが、結局露さんの押しに負けて、朝奈さんはしぶしぶカメラ通話に切り替えた。
「ひゅう!! ナイスHカップ!!」
「露ちゃん!? わざわざ言わんとって!?」
Hカップ!? 朝奈さんの胸はでかいと思っていたが、そんなサイズだったとは。露さん、ありがとう。これは貴重な情報だ。
照れて顔の赤くなった朝奈さんが、露さんの声につられた大きい声で言い返す。
「柏木君もいるんやから、やめてよ!! 露ちゃん!!」
「……は?……柏木、君?」
……あれ? 急に通話から謎の緊張感が発生しだした気がする。おかしいな、さっきまで楽しい関西人同士の通話だったのに。
「ゆかなん……?」
「え、えっと……」
焦りだす朝奈さん。
おかしいな、不穏だ。しかも、俺のせいっぽくないか?




