第四十一話 「影白の独立」
「取り敢えず、ここにいるのもあれだし、私の拠点に移動しましょう。あぁ、残兵は始末しときましょうか」
「そうだな」
周囲一帯が瓦礫の山となったこの場所に血が塗りたくられていく。
全てを血肉に変えた後、廉迂とセンリはその場を後にした。
その道すがら、貘耶が何故あの人数相手に無傷で、尚且つ半ば全滅状態に持ち込んだのか、その理由が明るみになった。
センリの異常に発達した危機察知能力によって、先の先を見て貘邪に指示をして動かして守備に回っていたかららしく、廉迂は貘耶の防衛能力と合わされば確かに無傷生還も有り得なくは無い、と納得した。
実際、あそこに追いつめられるまで狙撃を三度、ジレンの風斬りを二度躱しているからその危機察知能力は本当らしい。
「家に着く前に一つ聞くけど、リーは大丈夫なの?」
「あぁ、恐らく素の状態で消耗していたのに貘耶に成り代わりそれまた許容範囲を超える運動をしたから身体が耐えられなかったんだと思う」
「本体の限界を超える動きが出来るなんてね……。リーも堪った物じゃないでしょうね」
そうして歩いていると、センリが立ち止まった。どうやら着いたらしい。
レンガ作りの簡素な家だった。もともと上級国民だったとは思えない。
家に上がり、促されるままに寝床にリーを寝かせた。襟首辺りまで浸食が進んだ黒い痣は見るに堪えない。
さて、とセンリが席に座って手慣れた様に怪我をした部分に包帯を巻いていく。
「手伝わなくていいのか?」
「良いの良いの。私こういうのには慣れてるし。それよりも、リーの側についててあげて」
「あぁ」
包帯を巻き終え、一息吐いた後、センリがちょこちょこと話し出した。
「さてと、何が聞きたいの?」
「レンという男の居場所と、この国では何故俺達が虐げられているのかを聞かせてくれ」
目を合わせず、自分が聞きたいことだけをまとめ、持ち出した。
視界の端に映るセンリは少しだけ考える素振りをして、真顔で淡々と話し出した。
「そうだね…。そのレンという男の居場所は分からないけれど、後者は教えてあげれるよ。簡単な話さ。この国……大元っていうのは高貴な国、だからね。発展途上の倭国の貧相な民なんて要らないんだろう。だから倭国からの渡航を全て断ち、元から楚国に居た倭人は迫害拉致されて強制退去させられている。最も、私からしてみれば倭人も楚人も変わらないけどねぇ」
「そうだな。変わらない」
「私は国の犬としてジレンさんの傘下である此処に配属されていたから倭人確保はしなかったけれど……シャントンに向かったリ・シュウエン率いる軍隊はどうなんだろうね…」
「………!俺もそいつらに追いかけられた。あいつらの根城は何処だ!」
廉迂が立ち上がり、声を荒げそう聞くと、センリがジトッとした目を向けてきた。
「知ってどうするの?……行くっていうならやめた方が良い。リーを連れてくのなら私が此処で貴方の足を撃ち抜くよ?」
「…………なんだと?」
「彼の軍隊はジレンさんのとこよりはどっちかというと新兵が多い。突破するのは簡単でしょうね。でも、問題は彼。あの人は最強なの、絶対に勝てない」
「……………チッ」
「……勝てなくても、レン様を奪還しない限り私達は逆転が出来ないんです」
「「!」」
リーの声がして、彼女の方を振り向くと、先ほどまで眠っていた筈のリーが身体を起こしていた。依然として体力を消耗しきっていて顔色は悪いが。
「リー、大丈夫なのか?」
「まぁ…なんとか。休めばどうにかなる範疇です。それよりも、母様。どうか情報の開示を。私達兄妹は、貴方達が残していった借金を背負っているんです」
「…………だめよ。一度は貴方を突き放した身だけど、貴方を死なせに行かせる訳にはいかない。これは親としての思い……」
「……やめてよ」
リーから出た言葉で全てが静まり返った。
センリの顔が固まる。
それからお構いなしにリーが捲し立てた。
「母様、いえセンリさん。私達は僭王の名を捨てました。………もう貴方達とは違うんですよ。貴方がどんな気持ちで此処に移ったのか私には分かりませんが、今更になって親がどうとか言わないでください。私達はお前達の手無しで生き延びて来たんだ、今更守れるなんて思わないで下さいよ…私はもうそっちにはいないんだから」
リーは、ただ呆然と此方を見てくるセンリを突き放した。滅多に見せないその表情には明らかな拒絶が感じ取れた。
しかし、センリはフッと小さく笑って
「そっか、もう私は必要無いか。強くなったね、リー」
嬉しそうにそう言った。
拒絶が空回りした様な気持ちになったリーはさっきのセンリの様な表情を浮かべる。
「確かに家族じゃないかも。……あの時あの人が居なくなった時点で家族として崩壊してたんだろうね…ふぅ。センオウの名前を捨てたのなら尚更だ。私が止める義理もありはしないか…」
「…………」
「だけど、私と貴方達は家族ではなくとも他人ではない。血を分けた者同士なんだ。履き違えるな」
センリは低い声でそう言った。
リーの応答を待たずにリ・シュウエンの居場所だったね。と話を元に戻した。
「彼の…いや彼らの根城が何処か。それよりも、なんでこんなにも国の中に小国が沢山存在しているか、分かるかな」
「あまりにも環境が悪いからか?」
「そうだね。シャントン付近なんて砂丘が六割占めてるし、この辺も山に囲まれてて開拓が進まない土地ではある…とにかく開拓が進まない大地なんだよここは。しかし、人口の増加と共にそれは大きな課題になっていくし、どうにか打開しないと国民の負担が大きくなってしまう。じゃあどうするか」
「………地下ですか?」
「正解だよ。国の上層部は国の根本を全て地下へと降ろした。そして、発展して行くごとに複雑化していく構想、息もし辛い程に手狭になっていった地下空間は開発されていく段階で『都市迷宮』と彼等自身も名付ける様になった」
都市迷宮。何処かの国には迷宮を隠す為にその上に都市を発展させる迷宮都市という物があるらしいが、その逆である。
地下空間に都市開発を施し、それが過剰になってしまった結果、迷宮と同一視されても差し障り無い異物へと成り果てた物。
「入口は八つ、シャントン、シセン、シェンチェン、タイレン、ジュウケイ、シーアン、チャンシャー、シンセン。そうね、貴方達はシャントンから入るのが良いかも。詳しい場所は分からないけど、きっと、簡単に見つかる」
「そうですか、教えてくれてありがとうございます」
「あぁ、そうだ廉迂」
「なんだ?」
センリが廉迂、と呼ぶとリーがキョロキョロとして、返事をした事でかなりギョッとした。先程の会話を聞いてないし仕方ない。
「……リーを頼むよ。その子はすぐに無茶をするんだ。頼むから守ってやって。…貘耶っていう存在も」
「わかった、任せろ」
其処で会話は終わった。
センリは、自分の体調が整うまでは此処にいればいい。と言って、自室であろう場所に消えていった。
「狼さん…いえ廉迂さん。私は休みます、なんだか、とても疲れてこうしてるのも辛いので」
「あぁ、そうしろ」
彼女の疲弊は他とは質が違う。
寧ろ今この瞬間にこうして目を覚ました事が不思議なぐらいだ。
それに、痣は確実に拡がっていく。
彼女の強さは異常だが、今回の件で入れ替わるだけで痣が拡がっていくのがわかった為にそう簡単に頼る事が出来なくなった。
情報は得れたものの中々難しい物があるのが今の状況だ。




