第四十話 「黒狼の思い」
リーは倭刀を地面に刺し、肩で息をしていた。彼女の周りには複数人の死体が転がっていた。彼女とセンリが斬り捨てた物である。
だが…数が減らず、増えていくばかりの戦力差に半ばやる気が削がれ始めていた。
母のセンリと二人で相手しているとはいえ、狙撃手が狙っているという事も念頭に置きながら戦うのが非常に厄介。
そして、つい先程、センリは腕を狙撃され、使い物にならなくなった。
そこからはリー一人で相手している為、体力が尽きるのは早かった。
ジレンが二人を見下ろし、口を開く。
「そろそろか」
「!」
ジレンの方を見やるとその手には剣が握られていた。
「戦力を削ってから貴方が出るんですか…卑怯ですね!」
「戦いでは当然の立ち回りだ。そして、その女を潰したおかげでとても戦い易くなったからな」
ジレンの目が貫かれた腕を押さえてしゃがんでいるセンリの方を捉える。
「さて、蹂躙の始まりだ」
「…………っっ!!」
リーの目が見開かれる。
瞬間的に空気が反転する。
立ち込めるのは不穏な黒い空気。
リーの白い髪が黒く染まっていく、瞳が赤く染まり、明確な狂気を孕む。
手から黒い泥が零れ落ち忽ち形を作り出し、剣矛が産まれる。
「ほう…?」
「リー、なの?」
「ふふふ、お母様。私はちゃんとリーですよ?少し異物が混ざってますが御安心なさいませ!」
そう言って、倭刀を肩に乗せ、黒い剣矛をジレンの方へと向け戦闘体勢を取る貘耶。
ジレンが飛び掛かり、風切り刃を飛ばしてくる。それを2本の剣で受け止め斬り落とし、
剣矛を横に振り回す。
刀身が伸び、周りにいた兵士達を粗方斬り捨て、さらにジレンとの距離を詰める。
「少なくとも…貴方を堕とせばこの戦況も覆るでしょうね!!」
「…………!!!」
鬼気迫る顔で迎え撃とうとするジレン。
勢いのままに突っ込む貘耶。
だが、貘耶は直ぐに脚を止め、その場に止まった。
瞬間、二人の間に黒い塊が落ちてくる。
貘耶は、ハッとして笑みを漏らす。
「ようやく来ましたか」
「新手か…!」
砂煙から現れたのは一人の長身の男だった。
黒い髪の間から覗く橙の瞳。
そして、野蛮とされる『倭人』の象徴である着物。
軍服を脱ぎ捨て、元の姿に戻った狼がそこに居た。
「………てめぇ」
「んえ?」
ギロリと貘耶の方を睨む狼。
その様子にきょとんとする貘耶に狼が怒号をあげる。
「お前勝手にこんな所まで来やがって!!挙げ句の果てにこんなに囲まれてよ、こっちの苦労も考えろってんだよ馬鹿が!!」
「え、あ、あぁ…あはは、それはリーさんの方に言って欲しいんですけど……」
「大体リーを自由に出来ないのもお前のせ……っ!!」
二人がすぐにジレンの攻撃に反応し飛び退く。
さっきまでいた場所は砕け散り、砂煙が舞っていた。
「説教をしてる暇は無さそうだな?」
「えぇ。リーさんとそのお母様がある程度は減らしてくれたとはいえ、あの男が入るとなるとふりだし以前まで戻されちゃいますね」
チラリと壁にもたれ腕を抑えている女性を見て狼は成る程な、と漏らした。
再び視線をジレンへと移し、貘耶に言う。
「黒いの!俺が奴を殺す。取り巻きとその人の防衛はお前に任せる!良いな!!」
「任されました!」
ジレンはその狼の啖呵を聞き、興味深げにニヤついた。
「一人で掛かってくるか…ククッ、成る程な。面白い」
「一人で受けるんですか?」
「あぁ、お前達はあの変わった小娘に全員で掛かれ」
「分かりました!」
その返事と共に、兵士達の矛先が貘耶の方へと向いた。
貘耶はそれら全員の攻撃を全て躱したり防いだりしながらぼんやりと呟く。
「あぁ、怖いですね…。命が脅かされているこの瞬間がとても恐ろしい」
「俺は行く、任せたぞ」
「えぇ、えぇ!命を脅かす存在は消し去りましょう!迅速に!」
そう言って兵達の中に飲み込まれていった。
狼は地面を強く蹴り、ジレンに詰め寄る。
ギャインッという、金属音が鳴り響き、カタカタという力同士が拮抗する音がする。
ジレンが刃を強引に振るい、体勢が崩れた所に蹴りを入れてくるが、それを見越して身体を曲げ、回避する。
狼が空中に舞い、その殺気と一瞬で悟れる実力を前に笑みが漏れる。
互いが己を刃で切り裂いて辺りにどちらのかも分からない鮮血が辺りを染めていく。
風斬りと剣のぶつかり合いは熾烈を極め、二人の周りは灰塵と化していく。
剣同士をぶつけ合いながら、狼が口を開く。
「お前に聞きてえ事がある」
「…戦いの最中、余裕だな」
「そんな事ねえさ。まあ、聞けよジジイ」
指を一本立てながら、そんなことを言う狼。
ジレンは攻撃を止め、溜息混じりに頷いた。
「つまらぬ内容なら殺すが?」
「ケッ、どっちにしたって殺す気だろうが。まぁ、それはいいや。話を聞く気があるならな。なんで俺やリーを狙う、俺はともかくリーは意味が分からん」
「倭人と手を組んでいる奴を放っておくのか?そういうことだ」
即答だった。
狼はいっとき黙り、会話を続ける。
「ハハッ、クソが。お前といい俺を追い回してきた奴といいどうして倭の人間にこうも冷たいのかね?」
「倭は殺しに快感を覚える様な野蛮な国だからな、そんな国の奴が入ってくるのは此方もありがた迷惑なんだ」
「…………快感?」
狼が呆然とした顔で一歩前進する。
戦闘を嬉々として楽しむこの男から一瞬でその楽しさが消えた気がした。
ジレンはハッとした。地雷を踏んだと確信したのだろう。
「快感なんざある訳ねえだろうがクソジジイ。肉を引き裂いて骨を絶つ時、あの独特な感触と鼻をつく死臭を嗅ぐ度、気が狂いそうになるんだよ。皆そうだ、狂気に苛まれるのを拒んで、己の感情を塞ぎ込んじまう…。俺は強さを求めるに当たって人を殺しまくったがな、一度たりとも人を殺す事に楽しみを見出した事はねえ!!」
彼の脳裏に浮かんだのは自分に殺しを教え、一人だった自分を息子の様に愛してくれた一人の女性だった。
ずっと笑ってた。内面では崩壊寸前だった理性を隠して。
そして、自己の人格が矛盾して、崩壊してそれに耐えられなくなって…。
「ハッ、だとすればお前のその戦いによる気の高揚はなんだ」
「快感と楽しみを一緒にするな。俺は強い奴との戦いを心の底から楽しんでるだけだ」
刀を納め、居合の構えを取る狼。
殺しを主としてきた者は特に剣術を齧ることは無い、だが。狼は例外中の例外、元々は剣術専門の家系故に殺しがただの殺しでは無くなる。
ジレンは後ろに立ち退き、そこら辺の瓦礫を狼の方へと真っ直ぐ投擲する。
居合を誘導する動き。
刃を抜く。
「……『空刃』」
一つの紅い線がジレンの方に伸びて、消えた。刀はすでに抜かれており、動作も終わっている。
遅れて、狼の方に飛んできていた瓦礫が半分に斬り落とされ、同時にジレンの肩から血が噴き出した。
「(刀身の倍以上の距離で斬られたのか…!?)」
「…………」
一気に距離を詰めてくる狼、そして肩を抑えるジレンの至近距離まで近付き刀を振りかざす。だが。
「んぐっ!……が」
唐突に走った鈍い痛みに右によろめき、刀に力が入らず、取り落としてしまった。
その痛みが奔った方向を見ると、一人の兵士が狼に銃口を向けていた。
その後ろから流れ込んでくる兵士共。
「………黒いの一人じゃ相手しきれねえか」
「すいませんね、取りこぼしてしまいました」
上空から声がする。
狼の前に貘耶が降り立ち、飛んでくる銃弾を全て斬り落とす。
「黒いの。お前…」
「どうも、私相手だと部が悪いみたいで、貴方を狙う事にしたみたいです。させませんけど」
貘耶の守りは随一だ。それを証拠に彼女は一切のダメージを負っていない。
守りに徹した上で無傷。加え相手はほぼ壊滅状態。流石としか言いようが無い。
そこまでして、兵士達は全滅した。狼に対して銃を放ったのは最後の足掻きだったのだろう。長い舌をペロリと出して嫌な笑みを浮かべる貘耶はこう言った。
「無駄だと思いませんか?大人数で掛かって私に傷を負わせられてない時点でもう諦めた方がいいと思いますけど」
「逃がす気か、黒いの」
「えぇ。ですが…」
「コイツだけは此処で殺す。倭の心を侮辱した」
「でしょうね……」
地に座す男。
ジレンに対する殺気は無尽蔵に溢れ出た。
何処となく、母と呼べるあの人を侮辱された様に感じたからだろう。
再び近づき、刀を振り翳す狼。
しかし…。
「狼!」
「!?」
突然焚かれた煙幕によって遮られ、目の前からその獲物が消失する。
煙幕の切れ目から見えたのは、上空にいる紙の鶴を模した何かに乗った男。
鶯色の羽織、藍色の着物。そして、両側の腰にある二本の刀剣。蛇の様に鋭い眼、先に掛かるにつれ蒼く染まる髪。
彼はジレンを持って何処かへと飛び去っていった。
狼は大きく舌打ちをする。
「狼、私はもう必要ありませんね?」
「あぁ、早く戻って、母親に顔を見せてやれ」
そう言うと彼女は髪をかき上げてそっとため息を吐いた。
ざわざわと黒かった髪が白く戻っていき、忽ちリーの側面が顕になった。
リーは消耗しきっていて、顔面が蒼白で、真っ直ぐ歩けない程にふらふらしていた。
「…!!リー!」
倒れるリーをどうにか支えて、様子を見ると、胸元の黒い傷が襟首付近まで広がっていた。それを見た狼は、ゾワァっと背筋に悪寒が走る。
「リーから成り代わったアレは何かしら」
ハッとして、声のする方を見るとセンリが肩を抑えながら此方にやってきていた。
センリはリーを見て、呟く。
「………とても消耗してるわね。さっきのは余程負荷が掛かるのね」
「アレは神剣と言われる貘耶が憑依した姿だ。己の限界を超えて体を酷使するからこうなるんだと思う」
「神剣、ね。………そんな物に気に入られるなんてね。ところで、貴方は?」
「あぁ、俺はおおか…」
狼だ。と言おうとした瞬間、彼女は肩を抑えるのをやめ、短刀を取り出してその矛先を彼の目の前に向けた。
「偽名は良いわ。倭人だから名前を隠してるって感じでしょう?安心しなさい、上にチクったりはしないから」
「………俺は、廉迂遥。倭国の無法地帯、東志智から来た」
「そう、遥。私は千吏僭王。色々と聞かせてもらおうじゃない」
「名前を対価にするぐらいだ。此方も色々と聞かせてもらうぞ」
短刀を投げ、手を差し出す。
その手を狼、いや廉迂遥は強く握った。
その時に小さくセンリが「痛っ…」と漏らした様に聞こえた。




