第三十九話 「黒金の防衛戦」
「さて…」
シエンがレンの家の玄関先で仁王立ちしている。彼の臨む先には大勢の軍人を引き連れた李書文の姿があった。
「楚の民が何故我らの前に立ちはだかる」
「…単純にお前のやる事が気に入らないからだ」
「非国民が…」
「親友は返してもらう」
互いが地面を強く踏み込んだ。
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
李書文襲撃の数十分前。
シエンは忘れないようにと、自室で点字の勉強をしていた。
ある程度の感覚が戻って来た頃、扉が開く音が聞こえて来た。シエンの部屋に入ってくる人間は今は一人だけである。
「ルイか」
「あぁ。どうだ、点字は?」
「今の所理解できている。全然大丈夫だ」
「そうか、なら良かった」
会話が途切れて沈黙が続く。
黙々と点字を触り続ける中でシエンがふと口を開いた。
「お前は……いつまでそんな事を続けるんだ」
「え?」
「いつまで自分を偽り続けるんだ?」
「……気付いてたのか」
極限まで研ぎ澄まされた聴覚は、性別までも看破する。幾ら口調を男らしくしても、身なりを男らしくしても、歩幅や、筋肉の動かし方、様々な方向から看破できてしまう。
「実は、出発の時にはもう気付いてた」
「まぁ…目よりも緻密な情報を得れるから分かるよな…むぐっ」
頬を掴まれて呆気に取られるルイ。
そのままシエンが真顔でこう言ってきた。
「俺の前でその口調はもうやめろ。らしく接しろ」
「ふん、俺がどうしてこうしているかも知らないのによく言えるな」
「……まぁな。だが、薬物摂取でなんとか生き繋いでるのは知っている」
「え…?」
「時折、床に薬みたいな物が落ちてる事がある。拾えば実際に薬で、シュウに聞けばルイのだと答えたから、わかった」
ルイは呆気に取られていた。自分は無意識のうちに薬を過剰に摂取していて、尚且つ取りこぼしていたなんて。
彼…彼女はレンに拾われた人の中で最も古参であり、とある理由から女としての尊厳が消え失せ、男として生きようと言葉遣いから何まで全てを変えた。しかし、トラウマは消えず、今でも『刃物』を見ると身体中の傷という傷が疼き出し、身動きが取れなくなるのだ。
それを今まで隠し通してきたのに、自分のミスで露呈するとは。
「…それで、どうするのさ」
「何がだ?」
「私にらしく接しさせてどうするってんだ!私は嫌なんだよ、女として生きるのが、価値が無いのに女として生きるのが嫌なんだよ!」
そこまで言うと、シエンは顔をズイッと近づけてこう言ってきた。
「お前は子供が産めなければ女としての尊厳が無いというのか?」
「え、な…そうだろうがよ!だって、そんなのと一緒になったって子孫を残せないんだぞ!?」
「………間違いも間違い大間違いだ。男にとって、女は支えてくれるだけで良いんだ。相棒をな。それを今、証明する」
「な、え?」
「奴等が来た、俺が出る」
そう言って、シエンは玄関へと躍り出た。
前方には数々の軍人、そして、その中央には己の親友を奪った男が立っている。
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
沉と書文の拳が交差する。
書文が胸元、沉が頬に拳を突き付けた。
辺りに風が巻き起こる程の衝撃が起き、辺りの木々が揺れる。
威力は圧倒的に書文の方が上で、あっさりと沉の身体が吹っ飛び、扉に叩き付けられる。
「迷わず前へ踏み込んで来た事は褒めてやろう、だが青いな…っ?」
顔を顰める書文、拳に痛みを感じ、見やると刃の様な物が刺さっていた。金色の鱗の様にも見える。
先程葬った筈の男の、頬が吊り上がる。
髪の間から普段は開かない狂気的な相貌が覗く。
血の混じった枯れた声で叫ぶ。
「二之打不要。だからどうした…!俺は此処を通すつもりは無い!!」
干将の刃鱗纏鎧。干将と息を合わせた者に現れる身体異常。
筋繊維の上に逆立った鱗が覆い、皮膚の上から攻撃を受けると、それらが刺さる。なお、少なからず鱗が筋繊維に刺さっていき、覆われている本人にもダメージが生じる。
大事な人々を守るという、沉本人の意思に干将が共鳴して産まれた物である。
沉は立ち上がり、扉の前で仁王立ちする。
それを見た書文は初めての感覚に狂喜し、叫ぶ。
「我の二之打不要を破った者は貴様が初めてだ小僧っっっっ!!!その刃の鎧ごと、粉々に砕いてやるわぁっ!!」
二つの地面の割れる音が辺りに響き渡る。
それからすぐ身体の破壊される音が辺りに何度も響き渡った。
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
あれからいつまで殴り合ったか。
「ぐっ…」
息を切らす書文の身体や拳には無数の刃鱗が刺さり、血が止めどなく溢れている。
逆に言えばそれだけ。
対する沉は、全身に打撲痕が出来、両腕の骨が砕かれ、体の至る所の皮膚が剥がれたのか金の鱗が露出している。
身体は既に限界、だが、彼は立ち上がる。
何が彼をそうさせるのか、書文は分からなかったが、開いた虚無の瞳にたぎる戦意を感じ、それを理解した
「なんとしてでも防衛するという絶対的な意思…天晴れだ。殺せぬのは惜しいが今回は退くとしよう」
「…………何度来ても同じ事だ」
「名前を聞いておこう、小僧」
「沉…僭王…」
「沉僭王。次やる時までに剣を研いでおくが良い、次は我も全てをぶつける」
「………」
そう言って、彼は戦いを眺めていた軍人の合間を割いて消えていった。軍人達もそれに釣られて消えていった。
沉がその場に膝をつき、倒れようとしたところに、玄関の扉を開けて飛び込んできたルイがそれを受け止めた。
「ど、どうしてそんなになるまで…馬鹿野郎!」
「………男っていうのは…大事な人間の為なら無理が出来るものなんだ」
「……っ!辞めてよ、頼むから無理しないで。死んじゃったらどうするのさ…」
「やればできるじゃないか」
そう言って柔らかに微笑み、彼女の手の中で眠りに落ちた。




