第三十七話 「進展」
花香岳。雨の降水率が高く、また晴れの日は溜まった雨水が蒸発し、濃霧が発生する為視界が遮られる、余りにも通行するには不便な山道。
しかし、切り立った崖のような山岳が連なり、濃霧の膜を突き破り、そびえ立つその光景は、『仙界』と呼ばれても遜色無い景色なのだと言う。
濃霧に包まれながら歩く二人は、服を湿気で濡らしながら嫌そうな顔で歩いていた。
「なんたってこんな湿気た場所をえらびやがったんだ…」
「全くです…服がびしょびしょですよ…」
花香岳の濃霧は晴れることはない。
前方が不明瞭の為、気を張って進まなければならない。
狼もリーも足を踏み外さぬ様、今の今まで警戒を解いていない。
だが、
「もう…いいでしょう。野生生物の気配も無いですし、恐らく襲われる事は無い筈です」
「チッ、クソみてえな場所だからさっさと抜け出しちまいてえが…仕方ねえ」
「すいません…」
歩き出して半日。流石にリーも疲弊していたのだ。当然狼も。
二人してその場にへたり込む様に座り込んだ。地面は水を吸って冷たくて、少し濡れていたが、気にならなかった。
リーは座り込んだ後に濡れた服を脱ぎ始めたので狼はリーを呼びかけた。
「なんでしょう?」
「干将が言っていたんだが、お前、黒い傷が無いか?」
「黒い傷?」
「あぁ。あるんだったら言ってくれ」
そう言うと、自分の体を見始めた。
そしてすぐ、
「あります。胸元に」
「……分かった」
あまりよろしくない反応をする狼にリーは首を傾げた。
「何かあるんでしょうか?」
「………いや、気にしなくて良い」
「そうですか?」
「あぁ」
不審に思ったが、一先ずは放っておく事にした。どうせ詮索でもしたら刀を振り回す。
狼は話を切り替え、服は着ておけ、と念押しされた。こういう霧の濃い場所では、奇襲される恐れがあるから、だと。
リーは濡れた服を着直し、再度警戒態勢に入ったがそれは訪れず、再び出発することにした。
そして、再び歩き始めて体感で二時間程度経った時、霧が薄くなった。
「本当に正解だったようだな」
「ですね」
花香岳を通過する事に成功した。
霧は徐々に晴れ、段々と鮮明な景色が現れてくる。
だが、狼はそこで歩みを止めて、後続のリーを手で制した。
「どうしました?」
「しっ。黙って剣を握っておけ。………待ち伏せだ」
「えっ!」
霧が晴れきり、山道の道がはっきりと見通せる様になったと同時に、巨大な荷車と、六人の楚国の軍服を来た女男を捉える事が出来た。
その中の一人が、リーと狼を一瞥し、口を開く。
「……来たか。書文さんの指示で此処に待っていたが、一週間も待たされるとはな」
「リー、構えろ。容赦するな」
「はいっ」
「よし、やるか」
男が立ち上がり、背中の銃を手に取り、此方に向けてくる。
後ろの五人も銃を構えた。
リーがそれを見て小さな声で狼に不安そうに言う。
「銃ですよ…?大丈夫なんですか?」
「あぁ。銃相手の心得は、既に知っている。リーは俺が今から言う事に従え。良いな?」
「はい。それで、どのような…」
「あぁ、それは…」
心得を教えた後に、二人同時に別方向へ駆け出す。
それに応じて、軍人達が進行方向を読んで銃を放った。
だが、遅かった。
狼とリーは既に、其処には居ない。
互いに服を脱いだ状態で軍人達に接近していた。
そして剣が振るわれ、銃が軍人の腕ごと両断される。
リーの場合は半ばで止まったが、もはや使えないレベルの損傷を負わせられただろう。
これで二人の武器が使用不能になる。
陽動を用意する事で其処に気を向かせ超速で近づく。それが初手の心得である。
僅か一週間の鍛錬とはいえど、彼女の脚力だからこそ狼の無茶にも順応出来たのだろう。
残りは四人。
脳に信号を送り行動を起こすよりも先に行動して、勝つ。
二人の銃のトリガーが押される直前には、既に首に刀が掛かっており、発泡した時には首と胴は分断。後続の二人の弾を避け、首を切断した。
残ったのは、前の二人だけだった。
その二人にリーと狼は近づき、顔を近づける。
二人は見て分かるぐらいに戦慄していた。
国の軍人が、たった二人の子供に一瞬で四人も殺されたのだから。
戦慄する二人にリーは優しく話しかけた。
「レン・ソウウォンって人を探してます。知ってますよね?あぁ、それとその軍服と、お金を下さい。良いですよね?」
「えっ…あ、はい…?」
「花香岳を渡って来たのでびちょびちょなんですよね服が。だから下さいよ。あぁ、後ろの人達は血飛沫なしで綺麗に殺せましたし、そっちのを貰えば良いですね。で、行方は?」
「…………シェンチェン辺り、だと思う」
「深圳!成る程分かりました!ありがとうございます。それでは、荷車は貰っていきますね」
「えっ」
死んだ人の女性用の軍服と男性用の軍服を剥ぎ、荷車の馬を起こして出発しようとしたリーと狼を、男が慌てて止めにかかった。
「ま、待て!待ってくれ!」
「はい?」
「なんだ」
「俺達を置いていかないでくれ!こんな所じゃ帰れない!」
「知らないですよそんなの」
「うあああああああああああああ!!!」
容赦なく荷車を走らせると、男達が情けない悲鳴を上げたが、全部無視した。
良い移動手段を得れたし、偽装のための服も獲れた。万々歳だ。
そこからシェンチェンへと辿り着いたのは大体半日が過ぎてからである。
その間には襲撃もなく、荷車の中にあった水や、食糧を漁り食べながら過ごした。
干し肉や干し魚。保存が効く物ばかりで狼が喜んでいた。
道中、馬を休ませるついでに昼寝を挟み、シェンチェンが近くなってきた時、軍服に着替え、なんの審査もなく通過した。
「やりましたね。出来ればこの辺りで仕留めておきたいですが」
「ウラーシドまで行くのは些か面倒だからな」
そんな話をしている時、ふと、リーの視界の端を何かが通った。
見てみれば見覚えのある、白い、長い髪。髪から覗く白い肌。
気付けばリーはその人物を凝視していた。
そして、その人物の背中を追って走り出していた。




