第三十六話 「リアルで変な夢」
時は満ちた。
■■を出て、倭国へと移動し、静かに剣を研ぎ澄ますこと幾星霜。
■■■■はかつての色味とはかけ離れ、黒に大半を染め上げられはしているものの。
その剣に一切の曇りなく。
じゃり、という足音がする。
振り向けば、浅黄色の着物に黒い羽織を羽織った男が立っていた。
「……そんな身体になってまで、何故、剣を捨てなかった」
「あら、不思議な事を聞くんですね。■■」
死人に着せるような薄く白い着物を風で揺らしながら、左が完全に────にこやかに笑う。
■■■は■の事情を知っていてこの言葉を投げかけたのだ。
彼女はもう長くは生きられない。
ましてや、剣を使って戦うなどもってのほか。傷が増えれば増えるほど、■の寿命は縮まっていく。
だが、その事を最もよく知っている己が、何故ここまで剣を捨てなかったのか、疑問だった。
娘は少し感傷に浸りながら、情のこもった声で言う。
「■■年…ですか。貴方と出会ってから」
「……」
「この汚泥のせいで、病に苛まれながら、■■■に■■に入ったりもした。それで有名になっちゃって、剣のお誘いを受けたりもするようになった。一歩一歩、私は死に近づいているのに、剣は錆びることを知らなかった」
「皮肉なものだな」
「■の家の■と結婚して、間に子供も生まれたし。私の剣はきっと継承してくれるだろうと思うし、もう充分だっていうのは自覚してるんです。倭でいう、『進むべく道の最果て』っていうのかな、これが」
「そう言いつつ、お前は剣を捨てなかった。何故だ?」
「超えるべき者を超えていないからですよ。ねぇ、■■?」
■の顔が険しくなる。
直立だったのを、上体を倒し、抜刀の構えを取る。
それを見た彼女は笑った。
「剣で生き、剣と共に死ぬか」
「それも本望です」
■■■■が剣を抜くと、光によって刀身が見えなくなった。
■と恐れられた、魔剣。
最果てへと至ったという彼女は、それを大上段に構えた。
間合い的には互いに三歩踏み入れなければ届かない。
だが、彼女にそれは、無い。
身体ごと、景色が、刀身が、すべてブレた。
「ぬぅっ!?」
抜刀が間に合うも、その圧倒的な力に押し込められた。
高い金属音がする。
■■が■■の前に現れる。
「あなた程になると、防御が間に合っちゃうんですね」
「ギリギリだが……なっ!!」
強引に剣を振り上げ、距離を離す。
しかし、またも視界の全てがブレ、剣が飛んでくる。
今度は回避できず、肩に大きな傷を負い、血しぶきが飛んだ。
「くぅっ!」
■がたどり着いた最果て、それこそ■■■■■。
いかなる間合いにおいても、超速で近づき、相手に防御の隙を与えない。
次元を切り裂くとき、大きな空間が開く。
それは世界にとっては切り傷のようなもので、すぐに修復しようとする。
それをかいくぐり、距離を詰める。
修復が終了したころには、既に零距離である。
故に、相手の見てる光景からすれば、景色全体がぶれることは当然なのだ。
しかし、既に衰弱した彼女の体で健康的な男である、■■を抑えることなど可能なのか?
剣についた血を払いながら、口を開く。
「■■■■。私の剣は次元領域を斬るに至った。これを私がもっと健常な時に習得出来ていれば・・・」
「化け物め…」
「化け物だなんて。心外ですね」
■によって人の道を外され、死ぬことさえ許されなくなった■■■は化け物と言われても仕方がない。
その化け物に化け物と言われるという事、それがどういう事か、彼女も分からない訳では無い。
同じ人外だと思われている。
「貴方よりは、人間らしくていいと思いますよ?その傷だって、肩から胸元まで入ってますけど。なぁんで死なないんですかぁ?」
「…さてな」
「■■■も趣味が悪いですよねえ。人は限りがあるから頑張れるのに……限りを失くしてしまったら、伝承させてく必要が無くなるじゃないですか」
■■の身体から力が抜け落ちる。
対し、■■の警戒は強まった。
彼女の武器はその脱力にある。■■■、■■■■、これも脱力によってなせていた物である。
あの時、彼女は■に対して、強さとは速さである、と言った。
あの時■■はそれを否定した、が、今では納得できる。脱力から放たれる瞬発力、重力によって加速する重圧。
圧倒的な速度というのは、視界に収める事が出来ない。
この世界の重力は、とても、重い。
「死なない体に、死の恐怖を与えましょう…」
さっきまでとは違う、低い声音で発せられた言葉に、思わずぞくりとした。
来る、そう身体が感じ、剣で身体を守るように、構えた。
ボッと地面が陥没する音がする。■■はもうそこには居ない。
音よりも早い。
そして、そんな守りも無駄と言わんばかりに、■はぶっ飛ばされた。
圧倒的な速度で木へとぶつかり、重力が襲い来る。
体内で血液が氾濫し、外へ出ようと上がってくる。
「ごぶほっ……」
腹部には■■の■刀が刺さっている。
そして目の前には、刺した張本人が立っている。
「大抵の人は、私の奥義を分からずに喰らって死んでしまいますが、やっぱり貴方はそうじゃなかった。最期に戦えてよかったですよ」
「はぁ…はぁ…何?」
「時間切れですよ。あぁ…」
彼女は、力なくふらりと倒れた。
───────────ぷっつり。
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目が覚める。まだ暗い。
狼はむくりと起き上がり頭を掻いた。腹が少し疼く。
妙にリアルな夢だ。あの対峙した女剣士は一体…。
でも何故か。
今はどうでもいいか。と、そう思ったのだ。
「…………変な夢だ」
そう独り言を漏らして、狼は再び床に着いた。
その翌朝。予定通り二人は出発する事にした。
ルイ曰く、そのまま北西部を目指すとなると五香岳を通らなければならず、かなり厳しい道を辿る事になるらしく、一度シラードという山間部の街を経由して五香岳を迂回しながら北西部のウラービトを目指すと良いらしい。
休み無く歩いて八日は掛かるらしいが、狼は大丈夫だろうと言っていた。
シエンはというと、出発直前まで眠っていた。
そんな彼の耳元にぼそりと何かを呟いた後にリーが、
「行きますか、狼」
と言ったので、狼はおう、と返事をしたのだが、夢で見たあの女剣士がぼんやりと目に浮かび、どうも気になった。
「どうしました?」
リーが顔を覗き込んでくる。
狼はハッとして首を振った。
「いや、なんでもない。行くか」
「はい。兄様をあまり一人にしたくありませんし、早く終わらせてしまいましょう!」
「相手が相手ならすぐにでも終わって帰ってこれるんだがな」
そう言いながら二人は玄関へと向かった。
重要な所でノイズが走り、何もわからなかったあの夢。
これから先、少しずつ分かっていくのだろうか。




