第三十話 「倭人」
ムクリと体を起こし、男は変貌した彼女を見やる。
バチリと交わる視線。一瞬の刃のぶつかり合いで分かったその力。
明らかにさっきとは違う何か。別の何かに成り代わった存在。
此方の攻撃は一切届かず。一方的に此方が攻撃を受ける。
そんな明らかに敵わない相手を見て男は…笑みを浮かべていた。
「…倭国では味わえないその強さ。やっぱり楚国にきて良かったぜ!」
威勢良く立ち上がり、刀を片手にただ男を睨む彼女に斬りかかる。
それは防がれるのを分かっての剣撃だった。
当然、刃は一本の剣で勢いを殺され、その場に止まる。
力と力がぶつかり合い、金属が擦れ合う音が鳴る。
しかし、段々と彼女が男の力に押される様になってきた。
そんな中で男は彼女に問いをぶつけた。
「なぁ、李僭王。お前の強さはなんだ?俺に教えてくれよ」
「……私、は強くなんかないです。ただ少し守り方を心得ているだけですよ」
「はん、俺が聞いてるのはそういう事じゃない。お前にとっての強さはどういうのだって聞いてんだよ!」
刃を自分の体重と力で押し込み、それによってズリズリと後ろへと下がっていくリー。
段々と、己の人格を取り戻しつつあるのか、力が減退している様に見える。
「莫耶さんなら、殺せる程の守りって言うと思います…。私なら一撃で決めれる程の速さですか、ね…」
「速さぁ?速さがあって何になるってんだ」
「抜刀の速度がもし音速を超えていたら、っ…本当にそれで終わると思うんです。全て、が一撃で終わるって、強くないですか?」
そう言いつつ上目遣いで視線を送ってくるリー。
これでどうだ、って顔だ。
男はそんな様子のリーを見て、ふぅ、と溜息を吐くとそれと同時に力を抜いて交わっていた刀を離した。
「?」
「終わりだ。これはあくまで手合わせで殺し合いじゃねえし…お前からはお前なりの強さって奴を知れたしな。まぁ、俺が求めてるような答えじゃなかったがな」
「えっと」
「お前らも出て来い。行くぞ、雇い主が待ってんだ」
刀を地面に突き立てて隠れている三人に対して声を掛ける。
すると、三人はやや恐る恐るといった感じで出てきた。その中からシエンが前に出て男に対して口を開く。
「おい、お前が言う…雇い主っていうのは何者だ?」
「雇い主ってのは俺がそう言ってるだけだ。本当はただの店の店員みたいな奴らだよ。花育ててる女みてえな男と、ガタイの良い男だ」
「なるほどな…」
「取り敢えず誰だかは分かりました」
「俺もだな。あそこの奴らが頼むって相当じゃないか?」
「そうだな。レンの奴に何かあったのか、それとも別の何かか…いいや前者確定か」
ハオもチィも口を揃えてそう言う辺り、よほどの信頼関係を築いているのだろう。実際それにはシエンもリーも納得だ。
そこでふと、リーは思い出したかの様に男に話し掛けた。
「ところで、貴方は」
「なんだ、俺か?」
「はい、私達の事は知っているみたいですけど、貴方の事は一切分かりません。ですので、名前だけでも教えてくれませんか?」
その言葉に、男は口を噤んだ。
しかし、全員の視線に耐えかねたのか暫くして面倒くさそうに頭を掻きながら口を開いた。
「……名乗れない。お前らで好きな名前で呼んでくれ」
「え?」
「名乗れないって言ったんだ。俺は倭人だぞ、お前らに密告されるやもしれねえ」
「えっと…私も兄様もハオさんもチィさんもそんな事しませんよ…」
「すまないが名乗れないんだ本当に」
「えぇ?」
全員の頭の上に?の字が浮かぶ。
この男が何故ここまでして自分の名前を隠すのか。
だけれど、別に名前が知らなくても疎通ぐらいは出来るので別に今、そこまで穿鑿する必要は無いだろうということに至った。
倭からやってきた男。
この男の情報はまだまだ少ない。
分かってるのはその容姿と性別だけ。彼の意図も何も分からない。
人をここまで殺し、遠慮なく人に刃を向ける危険な人間だが今はこの男についていくしかない。
皆、何も言わずに男についていった。




