第三十一話 「来たる災難」
夜中、前にだいぶ見慣れた屋敷へと辿り着いた一行は、その門の扉を弱めに叩いた。
実際に、ルイぐらいの耳の良さであれば少し小突くくらいでも普通に気付いて出迎えてくれる。
そして今回もやはり、パタパタと足音がして、少しだけ門の扉を開けて顔を少しだけ覗かせてきた。
ルイはリー達を隈なく見渡して、とても安心したように息を吐き、入って、と促した。
門を閉じ、入りきった彼女らの方に向き直り、バッとシエンの方へと飛び付いた。
「おかえりなさい、二人とも!」
「うあっとと………ん……」
「ただいま帰りました、ルイ様…ってうえ!?」
ルイは在ろう事かまずシエンの服の匂いを嗅いで、リーを手繰り寄せて彼女の服の匂いも嗅ぎ出した。
そして顔をしかめながら、
「んー…シエン水臭いし血生臭いぞ。何これ、ってリーも中々…あとで洗濯に出しときな!わた…俺が洗っとくから!」
「ちょっと迷宮脱出する時に間欠泉をだな…ていうか離れろ」
「シエンはルイの事を師とか友人だとか言っていたがこれじゃどうだか分からんね」
「そうだな、友人は頷けるかもしれないが」
ハオとチィが口々に言う。
それに気付いたのか、ルイはシエンの下を離れて二人の前に立った。
そして、ハオの無くなった腕を見て、口元を両手で覆い隠した。
「いやはは、持ってかれた」
「…一体どんな敵だったの?」
「ちょっと守りが強すぎる妻と全身が刃の竜の夫だった」
「………へ?…て、ていうか。貴方達も中々に水臭い。今日は泊まっていって」
「おー、泊めてくれるのか、ありがとな」
続いて黒髪の男に向き直ろうとしようとしたが、ハオがルイの頭を撫でくり回したのでそれが遮られた。
抵抗することもできたのだがあえて抵抗しなかったのかなすがままにされていた。
しばらく撫でられ続け、漸く解放されたルイは男へと向き直った。さっきとは違った真面目な表情で。
男はそんなルイを毅然とした表情で見下ろす。
「だいぶ待ったでしょ。検問所で何をしていたの?貴方があそこに行ったらまず静かには居られなかったでしょうに」
「あぁ。受付が俺の顔を見た瞬間にバタバタと動き出して何処かに伝聞を出そうとしていた。だから皆殺しにした」
「……シエンが血生臭いのは狼のせい?」
「おいおい、当てつけは良くねえぜ名付け親。あいつが血生臭いのは奴も殺ったからだろうが」
「そうなの?」
その質問にシエンはコクリと頷いた。事実だ。
実際に莫耶に致命傷を与えたのは彼であり、その血を幾分か浴びている。
故に少しだけ血の臭いが染み付いてるのは仕方ない。
ちなみにリーはというと男の狼というあだ名に少し引っかかるところがあるようで顔をしかめていた。
「まぁ命が掛かってるんだったら他の命に手を掛けるのはいい事なのかな…?なわけないと思うけど、取り敢えず此処で話してるのもあれだし、中に入ろうか。その大きな袋の中に入ってる物。戦利品でしょ、換金しよう」
「はい」
リーとシエンは刃鱗が大量に入った袋を背負いながらルイの後ろを付いていった。取り残された人達も途中までは付いていったが通り過ぎた客間から後ろを見たら居なくなっていた。
きっと客間に居座ったのだろう。
暗い廊下を歩きながら、ふとシエンが口を開いた。
「お前、今日はやけにヒラヒラした服を着ているな」
「ん、気付いた?たまにはいいだろ」
「ふと気になったんだが、お前の口調もだいぶ丸くなったよな」
「そうか?」
「あの人斬りと話してる時に思った。俺との会話の時はああじゃなかったから」
「うんまぁ確かに。教える立場だし強く言った方が良いかなーって…。ダメだった?」
「全然」
「なら良いんだけど…着いたよ」
ルイは話しながら両開きの扉を開けて、その中に平然と入っていき、明かりを付けた。
四方の壁のうちの一面が巨大な金庫になっており、その奥に多くの金札が詰まっているのだろう。そして中央には大きな机と椅子がある。奥にある扉の奥は恐らくルイの部屋だろうか。
広い部屋にも関わらずそれぐらいしか遜色が無いのでリーが少しだけぽかんとした後に声を出した。
「わぁ…ここが換金室ですか?」
「うん。レン兄が珍しく俺に任せてくれてる仕事部屋だね。よいしょっと、じゃあ早速換金と行こう。出して出して」
その言葉に頷き、リーはまず一つの刃鱗を取り出してそれを机の上に置いた。
「刀刃竜干将の刃鱗です」
「へぇ…迷宮だからやっぱり幻想種の生き物が居るんだね。なになに…鱗だけど、とても鋭く、重い。本当に刃みたいだ。しかも黄金色…綺麗だなぁ」
「それが袋二つ分…幾らになる?」
「ちょっと待って………うーん。幻想種の代物だから…金延くらいには価値がありそうだけど、状態も状態だから価値は少し落ちる。うーん…需要度を考えるなら145000尋に重量をかける感じかな」
「145000尋!?本当ですか!?」
「重さによるからまだ喜ぶのは早いよ?シエン、音を立てれば計りが何処にあるか分かるだろうから計りに掛けてみてよ」
「分かったよ」
少しだけ足音を立てて、ちょっと待った後に真っ直ぐに計りの方へと向かい、刃鱗が詰まった袋を置く。
ルイは眼鏡を外して、目を細めた後、眼鏡をかけ直し紙にサラサラと書き始めた。
「さっ、一つ目が大体4.7弱。この時点で681500尋。借金っていくらだったっけ」
「900000尋だ」
「それで、複利で少しずつ増えていっていても大体今なら…1257000尋ぐらい?いけるんじゃない?それも計りなよ、リー」
「は、はい…!」
もう一つの袋を置くと、9.6の目盛りに針が止まった。ルイは増加量を記し、ぱぱぱっと計算をして、換金額を掲示した。
そこには1,392,000の文字が記されていた。
リーはそれを見た瞬間に目を見開き、口元を両手で隠した。
シエンは後ろの方でただただ呆然と立っているだけだった。
ルイはそんな二人に祝辞の言葉を述べた。
「おめでとう。無事、借金返済額を超過できた。早速返済しよう、と言いたいところなんだけど」
「え?」
「そこはレン兄の仕事。でも…レン兄は今居ない」
「そんな…どうして?」
「国の連中が攫っていった。今は何処に居るのかも掴めてない、だからさ、俺達はお前達の帰りを待っていたんだ!」
ルイの真面目な表情は嘘と思わせる事を許さず、リー達は状況を飲み込まざるを得なかった。
せっかく手に出来そうになった一発逆転はあらぬ方向からの災難によって阻まれてしまった。




