第二十九話 「堕天」
月光に照らされながら、それぞれの剣がぶつかり合う。表面上は互角に見えるそれも、蓋を開けてみれば明瞭。黒髪の男の方が有利だ。
武力、力、膂力、全てにおいてリーを超えている。
剣が交差する毎に彼女は押され続けている。
シエンはその状況に焦りを覚えていた。
「どうしたんだ?いきなり外に出て…」
「あのままだとリーの奴、堕ちるぞ…。陰に呑まれる!」
「それでも莫耶になりかわるだけでしょ?寧ろ良いんじゃ?」
「チィ…馬鹿な事を言うな!奴の命への尊心は異常極まっているし、リーはまだ制御が出来ていない!その状態で、不利な戦闘なんかしたら!」
陰剣莫耶の特異性はシエンの言う通り命への異常なまでの執着。死にたくないという意識が高まれば高まる程、枷が外れていく。防衛の技力が上がっていく。下手すれば護っていれば人が死ぬ。
実際にハオとシエンは命に関わった状態の莫耶を知っている。ハオの攻撃は届く事なく撃墜され、返しの一撃で腕を斬り落とされた。当たりどころが悪かったら半身切断もあり得た可能性がある。
「成る程な。お前の焦り様から察するに相当な物らしい」
チィは納得して、腰に付けていた一丁の銃を取り出した。その行為にシエンは目を見開き、チィの肩を掴んで真正面から怒鳴った。
「やめろ、妹を殺す気か!?」
「焦んなシスコン。リーが堕天した時、死角から麻酔弾を数発撃ち込む。その時を狙ってお前は渦中に飛び込みな。そしてあいつに一撃を入れろ。気絶する程度の一撃をな」
音を立てながらマガジンに麻酔弾と思われる弾薬を入れて歩いていくチィを見やるシエン。
あちらはやる気だ、そう背中を見て感じ取った彼は再びその剣のぶつかり合いに目を向けたのだった。
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
剣を交わらせる中で、リーは中々の苦戦を強いられていた。莫耶が身体に入った事で剣速自体は早まっているものの、それだけ。
守りのやり方も心得てないリーにとっては一撃一撃がとても重いこの男の斬撃はとても受け切れない。
しかし、負ける、負けるかもしれないなどの負の感情に包まれていくと共に、ズブズブと黒い沼に沈んでいく様な感じがして。リーはさらに焦燥に駆られていく。
剣がぶつかり飛ばされる毎に、沼にどんどん沈んで行く。
──────そして、完全に突き飛ばされ、男が剣先をこちらの首元に向けてきた時に完全に、彼女は沼に飲み込まれてしまった。
目の色もその沼の色に等しく、黒へと染まる。
「終わりだな、案外しょうもない奴だったよ。強者だと思ったのによ…」
「………退けろ」
「あ?」
瞬きもせずにただただ一点を見つめる瞳はさながら狂気を感じる。
彼女はここで堕天する。
「剣を退けろぉっっっ!!!!」
「っ!?」
男を足で蹴り上げ、立ち上がり、二本目の剣を抜く莫耶。
それと同時に、背後の茂みから銃声が鳴り響く。
放たれたのは麻酔弾。そして、この距離での発砲。
当たると思われたその弾は、振り向きざまの斬撃によって全て切断、撃墜された。
茂みに隠れていたチィは隠れながらに冷や汗を少しだけ流した。
「…なんて守備範囲だ。軽く不正だな」
と、再びマガジンに麻酔弾を装填して構えだした。
蹴り上げられ、地面を転がっていた男は、少しすると笑いながら立ち上がり、そっぽを向く彼女に飛び掛かり、剣を振るも、それは振り向きもされずに一本の剣だけで止められた。
守りの技量はさっきとは格が違い、あくまで彼女の注意は先ほどの銃声の方向にあるにも関わらず、片手で全ての斬撃を見ずに止められ続けた。最後には振り向きざまの回転斬りを受け、剣で致命傷は避けれたものの球を弾き飛ばす様にして男は弾き飛ばされた。
それでも攻撃は止む事なく、低空を舞う男に飛び掛かり、更なる追撃を加えようと二つの剣を逆手に持ち替えた時、銃声が鳴り響き、再び麻酔弾が彼女目掛けて飛んでいく。が。
亜音速を超える速度の筈の銃弾を見切り、身体を空中でしならせてそれを回避した。
しかし、それのお陰で男に追撃をする事は出来なくなり、その場に着地した。
一つ結びになっていた髪は黒く染まり、紐が解けて纏まっていた髪がほつれて風に揺らめく。
無音の空間の中で揺れる前髪から覗く赤黒い目は、真っ直ぐに男の方だけを見つめていた。




