第十九話 「神剣」
黒い剣矛、陰剣莫耶。常に死にたくない、死にたくないと死に対して恐怖心を抱いていた莫耶の現し身。
金の剣矛、陽剣干将。勇猛な者に授けようと、ひたすらに神剣を鍛えるのに命を注いできた刀鍛冶、干将の現し身。
竜から零れ落ちた人型は干将自身の肉体ではない。正確には干将と莫耶の間に産まれた子供の肉体だ。
父である干将を殺した楚王に復讐を誓うも、己自身ではそれは叶わなかった息子の不完全な肉体。
カリカリカリ……。
地面を二本の剣矛が床を掻く音が洞窟内にこだまする。
身体はまだ出来上がりきっていない。片方の目もなく、足の指は不十分だ。
だが、その足は確実に環の中心へと向かっていた。
確信的な意思、絶対的な願いを持って歩んでいる。
完全なる神剣の完成を願って。
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
リー達は応急処置を終えて、再び収容室の方へと戻っていた。ハオは大量出血による貧血で顔色がすぐれなかった。
チィはそれを見て、私はここで待機すると公言し、シエンとリーで再び戦場に赴く事になった。
「あぁそうだ。リー、これを」
「?」
チィがリーに渡したのは七つの黒い鉛玉。その鉛玉を見てリーが不思議そうな顔をした。
「煙幕弾だ。もし、手に負えそうになかったらそれを使って撤退しろ」
「……分かりました」
「もういいか?ハオの容体的にそろそろ行かないと死ぬぞ」
「あっ、そうですね…。行きましょう、それでは」
「おい……」
「なんだハオ。まだ此処に居させるつもりか?」
ハオがシエンを一瞥すると、蒼い顔で途切れ途切れの言葉を発し始めた。
「俺たちが…リーとファンと合流する前に…通った、場所を覚えてるか?覚えてなくていいが…奴はそこに居る。此処からあの収容室を抜けて右…右左、右、右に道を曲がっていけば…奴らの目的の場所に…着く」
「……右、右に曲がり、左に進んでまた右に曲がり右に進むんですね。ありがとうございます、ハオさん」
「ふん…」
「では行ってきます。なるだけ早く、戻ってこれる様に頑張ります」
そう言ってリーとシエンは収容室から出て行った。
再び静まり返る収容室内で、ハオが再び口を開く。
「ファン、銃弾はまだ残ってるか…?」
「ん、あぁ。それがどうした?」
「あそこに重ね重ねに置かれている抜け殻を壊してこい」
「は?」
「あれらに、生気を感じない…。もう何も無いんだ」
「………あんた、なんでそんなに分かったような…」
「当然だ……あんな死んだ様な身体があってたまるか。あれは身体は生きているが中身が無い。抜き取られてるんだ。あれらがもし一度死んで此処に戻ってきた奴らとするなら…お前も…」
ドサリと、物が倒れる音がした。
ハオは丁度そちらの方を向こうとしていた。
そちらに視線を移すと、チィが倒れていた。
目に生気が無い。
あちらに置かれている女性達と同じような、生きているが死んでいるような見た目で倒れていた。
ハオはそれを見て、大きくため息をついて顔を隠すようにして手で覆った。
「────やっぱり、な」
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
転生環の中心。様々な装飾で彩られた大広間。干将と莫耶が転生した場所でもある。
その場所の中央には桶の様なものがある。
変生した干将は、その桶の中を覗き込む。その中にはついさっき死んだはずの莫耶の姿が綺麗に残っていた。腹の部分で手を組んで眠っている。
干将はそんな莫耶に対して黒い矛剣を容赦無く刺した。
トクトク、トクトク、と血が流れ出てくる。
何度も何度も御構い無しに突き刺した。次第に桶の中は血溜まりになった。
それでも足りなくて、遂には金の矛剣で自分の腕を切り裂き、血液を垂れ流した。
とめどなく流れる血で最後には一杯になった。
そしてその血溜まりに黒の矛剣を投げ入れて、呟いた。
「俺の、そして莫耶の血を吸え。それで、干将莫耶の再生が完了する」
周囲にはこれまでに奪ってきた魂達が浮遊している。
その魂が一つずつ桶の中に入っていき光に包まれていく。
そして、その光の中に干将が手を突っ込んでついさっき入れた黒い矛剣を取り出した。
しかし、その刃には白い水波模様が浮かんでおり、剣先に連れて赤黒く染まっていっている。
さっきまでとは真逆のおぞましさを孕んだ剣矛になっていた。
そして、それに並行し、金の矛剣には青い亀裂模様が浮かんでいて、光沢が増し、とても綺麗な見た目に変わっていた。
「………完成だ。これが俺たちが求めた剣の極致!神の剣だ!」
そう歓喜の声を上げた干将の体は急激に人の身体に近付き、最終的には完璧に人間としての肉体を手に入れた。
────あとは。
あの女と剣を交えるだけ。




