人間ってのは、本当に単純だ
約束から三日後、夜会が開かれた。
針子は二日不眠不休で、勇者の衣装を作り上げた。派手になり過ぎず、細部に拘った、と満足気に笑う針子の顔には深いクマ。
着替えを手伝ったメイド達に絶賛され、針子は床で力尽きた。
勇者は不承不承でその衣装に袖を通し、長い髪を後頭部で結われた。
少しでも勇者に見えるように、と国王に念に念を押され、魔王は角を引っ込めた。
魔王の角は出し入れ可能。何時もの長さは具合が良い、と言う感覚的な物で、人間のように角の無い状態にも出来た。ただしとても痒いので、本当ならばごめん被りたいのだ。
ただちょっと、マルセルが哀れ過ぎたので、魔王は極力彼の願いに寄せた。
魔王は、見目麗しい青年に見えた。鍛えられた肉体は服の上からでも分かり、勇者と言う肩書に偽りなしと思わせた。
年若く、生気に満ち満ちた美丈夫。
きっと正義感が厚く、魔王討伐への意欲も強いことだろう。何せ、勇者として召喚されてきたのだから。
貴族達はさも当然と、そう思った。
――その結果。
勇者は大いになめられた。
夜会が開かれた建物は半壊した。
婚約者や妻が勇者に見惚れていた、というやっかみも少しはあっただろう。
貴族達は勇者を歓迎し、期待を寄せながら、自分達の要望ばかりを口にした。
魔王の討伐。魔族の殲滅。魔獣の被害への対処。
召喚されてから姿を出すまで時間が掛かった事への不満。
自らの家格を自慢し、挨拶が誰それの家より遅かったなどとちくり。
国民の不安を拭うべくさっさと旅立つようにと、遠回しの激励。
勇者が食事や酒に手を付けようものなら、横から彼の邪魔をする。
勇者の不機嫌が蓄積され、ついに爆発した時、建物の天井は全て吹き飛んでいた。
隠していた角だけではない、背中に蝙蝠のような羽根を生やして中空に浮いていた。
漆黒の空に煌めく星々を頭上にした勇者の姿に、貴族達は恐れ戦いた。
そして、ギルロイのお決まりの台詞である。
「勇者だ! 異世界から召喚された、紛れもない勇者だ!!」
そこからは中央広場の悪夢、再び。
ただ一つ、違った事と言えば。
勇者はマルセルの懇願一つで、羽根を仕舞い、その隣に降り立った。
そしてマルセルに「やり過ぎたとは思ってる」と一応の謝罪を述べたのだ。
その様子に、二人の上下関係を見た貴族達は、ひとまず沈静化した。
そしてギルロイが更に言い募った。
「勇者は魔王を討伐してこそ、そう呼ばれ、我が国に平和をもたらす存在である。姿形は関係ない!!」
そうして夜会は、勇者の魔王らしさを隠すどころか更に強固にして終了した。
そんな事があった後である。
翌日の深夜、勇者の部屋に侵入者があった。とある貴族に暗殺を命じられた、という男達は、目的を達せられずあっさりと勇者に敗北し、死に体で依頼者の貴族の家へ送り届けられた。
「暗殺業を廃業します。もう二度と悪さはしません」とひたすらに繰り返し、がたがたと震える名うての暗殺者を目にして、その貴族は病を理由に爵位を息子に譲って隠居を決めた。
勇者が暗殺者に何をしたのかは、割愛する。
早朝、勇者の部屋に用意された水差しの瓶は、紫に濁り、見るからにまともでは無かった。
しかしケイロンが勇者の部屋に上がった際には、勇者はそれを嬉々として飲みながら、「この水、ピリッとした喉越しが新鮮で美味い。もっとくれ!」と空瓶を押し付けて来た。
調査の結果、毒草を煮出した物だった。
他にもそれぞれの貴族が、寝台に毒蛇や毒蠍を仕込み魔王に美味しく食されたり、呪いの腕輪を贈ったが何故か塵になった話や、勇者付きのメイドが次々と倒れる話を聞いたりと、貴族達の現勇者を排除して新しく召喚し直そう計画はすぐさま頓挫した。
「おーい、勇者ぁ」
今日も今日とて、柳眉を下げた情けない顔で、マルセルが魔王の部屋へやって来る。
勇者はベランダで日光浴中だった。
部屋の中は大小様々な箱や、東国の置物、銀細工の皿、有名な絵画、等々――が積まれている。それらを避けながら、マルセルもベランダに辿り着く。
魔王は半裸で長椅子に寝転がり、紫色の水を片手に、テーブルに置かれた沢山の貢物を貪り食っていた。
そう、貢物。
勇者の排除に失敗した貴族達は、手の平を返した。
「……」
無言のままケイロンに用意された椅子に座り、マルセルは贅沢を謳歌する魔王を眺める。
魔王は、召喚時に宣言していた通りのニート生活を、希望通りに楽しんでいる様子。
マルセルは、途方に暮れていた。
「なんか、毎日楽しそうだよね、勇者」
陰鬱な溜息が深く吐き出される。
魔王の生活とは裏腹に、マルセルは日々、勇者召喚の儀式を失敗したと責められ、魔王を増やしたと謗られ、責任の追及をされている。退任を要求されても、継ぐ者が無く、むしろ誰も継ぎたがらない。そんな状態で、兎に角勇者を城から追い出すように、と要求された。
魔王討伐、と言う名目でパレードを開き送り出してしまえ。でなければ貴族家は反旗を翻すと、暗に脅されている。彼等の財政は勇者への贈り物で湯水のように流れているのだ。
重臣達は静観の構えだ。彼らにとって勇者の召喚はそれ程大事ではない。
あくまでもマルセルが権勢を手にする為に儀式を行ったのであって、ギルロイ達にとっては今まで通り臣下主導の政治を敷き、魔族への対処も然りだった。
「もう、国王辞めたい……」
マルセルが挨拶のように毎日愚痴るので、魔王はうんざりした顔で、マルセルの口に貢物の菓子を詰め込むのがお約束になりつつある。
頬を膨らませてもぐもぐしている苦労性のマルセル。
辞めたい、と言いながらも、辞めるとは言わない。逃げたらいいのに、逃げない。
そういう所がなぁ、と魔王は彼に甘くなってしまう自分を自覚していた。
魔王は亜空間倉庫からポテチを一枚、マルセルの手に乗せる。最大級の労いである。
「もぐもぐ、ごくん。パリン」
マルセルは国王としての謁見や、書類への押印くらいしかさせてもらえない。大抵の事は重鎮達が決めて整え、マルセルの意見は浅慮と却下されて終わる。
それでも確かに、彼等は有能な臣下だ。サラマンド王国は今日も正常に回っている。
「……はー、もぐ」
溜息は吐かせてもらえないまま、クリームを顔面に押し付けるようにケーキを口に入れられた。
好みの味に、思わず相好を崩すマルセル。
「人間ってのは、本当に単純だ」
呆れたように、魔王はマルセルを見、部屋に溢れた貢物を見詰める。
ケイロンは我関せず、ご神体に向かって祈りを捧げ続けることにした。




