我々は、諦めない
――儀式は、成功した。
サラマンド王国に勇者が召喚され、見事、聖剣を抜き放った――。
概要だけ聞けば、めでたい事である。
中央広場に集った多くの民衆は、飲めや歌えや大騒ぎ。王都の灯りは何時までも消えなかった。
罪人は恩賞を期待して浮足立ち、貧民街の住人は炊き出しに大喜び。
他国にも、直ぐに勇者召喚の報は届いた。
聖王国シルフィリアは勇者パーティーに聖女を派遣すべく動いた。軍事国家イフリルは最新の武具を荷馬車に詰め、商業の盛んなリヴァイアス王国では商人達が旅支度を始めた。
サラマンド王国内でも、儀式には間に合わなかった貴族達が、その夜のパーティーに参加して大いに祝った。お疲れである、と言う理由で勇者が不在の彼の歓迎パーティーだった。
ついでに言えば、国王マルセルも宰相ギルロイも、主要な臣下は最初の挨拶の後、すぐに消えてしまっている。
それでも、パーティーは滞りなく、高揚感を持って過ぎた。
(その夜、現実を正しく見た一部の民と貴族だけが、王都から遁走していたが)
魔王は、自身の歓迎パーティーの存在など知らず、宛がわれた部屋で寛いでいた。
たいそう豪華で広い部屋で、何故か続き間の寝室と合わせて寝台が二つもある。寝室のそれは三人は寝れる程大きく天蓋付きで、主室には寝台以外にも寝椅子やソファあって、好きに寝転がれる環境は魔王の好みだった。
余談だが、この部屋は国王マルセルの私室であった。日当たり良好、警備も万全で、動線も考え抜かれた、城内最高の部屋だ。そして、続き間の寝室は本来国王夫妻の閨になる。
マルセルの妃は即位前に死別しているので、寝室から続く王妃の部屋が、マルセルの部屋になった。
魔王は知る由もないが、最高品質の部屋を与えられたというわけである。
その部屋で半裸状態に戻った魔王は、早速寝椅子に転がっていた。お供は勿論ポテチだ。
そしてそこに、哀れな子羊が一人。
マルセルの心の中で未来の神官長の席を約束された、若い召喚士。彼の名前はケイロン。平民出身の、しがない青年神官である。
勤勉な性格を買われて召喚士になり、毎朝毎夜、お勤めの他に召喚書を読み耽った。平民でありまだ二年目の彼は、兎に角仕事が多い。
敬虔な信者である彼にとって神殿でのお勤めに不満は無かったが、それでも召喚が成功して肩の荷が下りたのは確かだった。
明日からはまた日々神に祈りを捧げ、神殿での奉仕活動に励む――筈の彼を、マルセル達が引き留めたのだ。
召喚部屋でのケイロンの、魔王への対応が決め手だった。
召喚前は勇者の世話係は是非自分に、と挙手していた侍女も、部屋付きの兵になる名誉を、と立候補していた兵士も、蜘蛛の子を散らすように体調不良を訴え出した結果、ケイロンが抜擢されたのだ。
ケイロンはそれを神の試練と受け入れる他無かった。
しかし、恐ろしいものは恐ろしい。
紺の神官服に着替えたケイロンは委縮しながらも寛ぐ魔王に声を掛けた。
「……あのぅ、勇者様」
控え目に切り出すが返答は無い。
「……私はケイロンと申します神官でございますが、しばらく勇者様のお世話を申し付かりました。国王陛下や宰相閣下との連絡係とお思い下さい。勇者様のご要望は全てお伝えいたします」
さり気無く責任転嫁をしておく。
「王国の事情や今後のことなど、何かご質問がございましたら、私の知る限りの事をご説明いたします。勇者様におかれましては突然の召喚で驚かれた事でございましょうが……」
魔王は扉の前に立ち竦んだままのケイロンに目だけを向けた。
坊主の細いやつ、という印象しかない。覚えられるだろうか。
「まず、こちらのお部屋について何か不満はございますでしょうか」
「いや、快適だ」
「すぐにご入用の物は」
「あー……着替え? これは肩が凝るのでな」
魔王はテーブルの上で存在感を主張している肩鎧を顎でしゃくった。
寝転がるにはどう考えても不便なので、肩甲が必要な時だけの、いわゆる外出着というやつなのだ。
魔王城の従者達が試行錯誤して作り、幹部達が投票して選んだ渾身の外出着らしい。厳しい選抜を勝ち抜いた新しい服です、と誇らしげに差し出されてから数十年。新しいデザインには変わらなかった。
魔獣の外皮を纏って、その頭が股間を飾っていた時などもあったが、戦闘の際に捥げて三日ももたなかった。
それに比べれば簡素だが実用的と言える。
とは言え中央広場でこの世界の衣住環境を見た結果、召喚前の格好はいささか浮いていた。
魔王は、郷に入っては郷に従うタイプである。(大体は)
だから彼等が魔王を勇者と呼ぶのも許している。そう思いたい気持ちも分かる。あと、なんだったら呼び名は特に気にしない。(ある程度は)
「窮屈なのも華美なのも好かん。平民が着るようなもので構わんから、着心地重視だ」
と言うお達しは、部屋の外で待機している小姓にすぐさま告げられた。役割を押し付けられた少年は、可哀相に顔を泣き濡らしている。
ケイロンは、魔王の怒りに触れたら死なば諸共だ、と結束感を抱いて少年の肩を叩いた。
それからケイロンと魔王は幾つかの認識とスケジュールを擦り合わせた。
魔王は起きたい時に起きて、寝たい時に寝て、食べたい時に食べる。行きたい場所に行き、やりたい事をやり、やりたくない事はやらない。
一日はあちらも24時間で一日、食事は朝昼夜が基本。ポテチは好きな時に好きなだけ食べるので常備必須。好き嫌いは無いが、人肉はあまり好きではないとのこと。――聞かなかったことにしたい。
睡眠は特に必要無いが、夜になれば寝台に入る事にしている。
なお、寝る前は湯に浸かる習慣があり、最悪水浴びでもいいとのこと。意外と綺麗好きのようである。
名前は無い。勇者と呼びたければ呼んでよいとのこと。
魔王はそれほど傍若無人ではなかった。
ケイロンは見た目はあれだけどちゃんとした勇者を召喚したのではと考え直し、魔王を浴場に案内した後、向かった会議室でもそう報告した。
魔王は本日は、浴場を使ったら勝手に部屋に戻ってそのまま寝ると言う。ちなみに寝る時は全裸で良いらしい。着替えは明日の朝用意することになり、浴場警備の兵に後を任せた。
会議室には宰相ギルロイを始めとした重臣と国王マルセルが悲壮な顔で額を突き合わせており、ケイロンの報告を聞いて、息を吹き返した。
『人肉』のワードは聞かなかった事にしたらしい。
「つまり、勇者に話は通じるということだな!?」
軍務長官セドリックはあからさまにほっと息をついた。
何時も軍の指揮を執る騎士団長が魔王領との国境に駐留している今、勇者の逆鱗に触れて剣を向ける事あらばその先頭に立たされるのはセドリックだったからだ。彼はセドリックが何も言わなくても勝手に動いてくれるが、他の指揮官質はその辺りがまだ未熟でいちいちセドリックに指示を求めて来る。
「まったく、魔王で無くこちらに敵対するのではと気が気でなかったわ!!」
「それならば魔王討伐も快諾してくれるのでは?」
あっけらかんとしているのは、財務長官のユルド・バルガ。数字を追って云十年、瓶底眼鏡がトレードマークの初老の彼は中央広場のテラス階段に立っていたものの、近くは見えても遠くが見えていなかった。狂乱のただ中にありながら、マルセル達の一喜一憂に同調できないままだ。
「そうだな!!」
「まずはポテチを献上して、話をきいてもらおう」
「ああ、そうだ!」
「我々は、諦めない! 諦めないぞー!!」
――ポテチを献上しようとしている時点で、既に気持ちが負けていることに、全員気付かないふりをした。
魔王の表記が『魔王』だったり『勇者』だったりしますが、その時の心情や状況によって使用してます。魔王=勇者です。たまに普通に間違ってますが、スルーして下さい。




