うそをつけぇ!!!!!
今回短めです。
勇者を歓迎する気でいたのに、現れたのがコレなのだから、それは叫びたくなるだろう。
ギルロイの再三に渡る悪あがきも、魔王の姿を目の当たりにしては何の意味も無かった。
隣に並んだマルセルよりも頭一つ分高い魔王は、肩鎧とマントの所為もあって体格が良く見え、風に靡く漆黒のマントがまるで悪魔の翼のようにさえ見える。
何故か裸の上半身の肩を飾っているウニや栗のような棘のある肩鎧と言い、頭に生えている捻じれた角と言い、彼の全身を覆っている黒い靄と言い、彼を勇者と呼ぶのは無理があった。
言葉にならない悲鳴を上げながら、前列に居た民衆はこぞって逃げを打つ。
「きゃああ、おじいちゃんが息をして無いわ!!」
「うええええん、おかあさーん」
「神よ、ご慈悲を!!!」
――しかし、恐怖に泣き叫んだのは一部。中央広場に集まっていた大多数は、遠目に見える姿を『今代の勇者は大きいなあ』程度にしか思っていなかった。
よって一部が上げた悲鳴も恐れも、それを上回る歓声に消され、逃げようとする者も、前へ進もうとする力に屈した。
そして。
「おい、何してんだ、逃げろ!」
前を向いたまま微動だにしない妻の腕を取った男は、その表情を見て自分の目を疑う事になった。妻は。両手を口元に当て、ほうっと熱い吐息を漏らした。
「……おい?」
「……素敵」
「ええ、分かる」
妻の囁きに、隣に居た見知らぬ女性が同意する。
「顔が、良いわ」
「それに、あの見事な腹筋。美しいわ」
「ええ、そうね」
「それにしても……お顔が、良い」
まるで足がその場に縫い付けられたかのように、断固として女達は動かなかった。
抜刀したまま動けないでいる騎士、武器を放り出して逃げる兵士、立ったまま気絶する者、腰を抜かしてなお這って逃げようとする者、人波を泳ごうとして呑まれている者。
一方で、国旗を振り回し喜びを爆発させている者、勇者召喚にかこつけて酒を煽っている者、国家斉唱に夢中になっている者。
テラスから見る民衆は、混沌としていた。
そんな中で魔王の目は岩に突き刺さった【聖剣】を見詰めていた。
大体が魔王を倒した後に、わざわざ聖剣を岩に刺す意味が分からない。そのまま次の勇者に手渡せばいいだけの事を、こんな風に大仰にするから自分が迷惑をこうむる羽目になった。
この【聖剣】は、ただ魔王を滅ぼすのに使われたからそう呼ばれているわけでは無い。正しく、聖なる剣のようだ。善なる光で闇を打ち払い、魔の力を無に帰す事が出来る。
そしてどうやらこの【聖剣】は、抜く相手を自分で選んでいるタイプの聖剣だ。
自分を振るうに相応しい『勇者』を選別して、岩と剣を分離させるのだ。今は、お前には抜かせてやらねーぞ、と言う強い意志を魔王に向けている。
これを抜く、と言うのは、どうやら魔王には無理そうであった。岩を砕いても、聖剣を力で抜こうとしても、粉々になるのは目に見えている。
この国で新しいポテチを手に入れるのは無理そうだ、と魔王は少しだけ落胆した。
魔王の右手が、聖剣の立派な柄に触れる。
身幅が広い、いわゆる両手剣と呼ばれる物だ。装飾は華美では無いが、【聖剣】と呼ばれるに相応しい細部まで凝られた一品だった。特に握りと一体型の鍔、刀身に続く飾りの中央に嵌るダイヤの輝きたるや。
さて、と魔王は考える。
この国が誇りにしている聖剣を壊すのだ、それなりの演出が必要だろう。
聖剣を抜く、そのままの勢いで地面を割る。地割れが各方向に続き、人々は逃げ惑う暇も無く地面に吸い込まれる。
ちょっと、寂しいな。
聖剣を避雷針代わりに落雷を落とし、大地もついでに割る。それでこのテラスを隆起させて、火山を引き起こす。
――お、良いかも。マルセルやギルロイにも特等席で地獄絵図を見せてやろう。どんな顔をするか見物だ。
いや、でもそれだと、ただの天変地異みたいで意外性に欠けるか。
もっとこう、突拍子も無く……。
竜巻を巻き起こして人や建物が空中を舞う――落とした瓦礫で『魔王、見参』とか表示してみるか。そうするとこの世界の魔王に全て押し付ける形になるな。ありだ。
そんな不穏な事を考える魔王の頭上に、今までの晴天が嘘のような黒雲が渦巻き出す。
魔王の心が決まるまで、後少し。
その指先に力が籠る――その刹那。
剣戟のように鋭く、縊り殺される鶏の断末魔のように甲高く、地獄犬の咆哮のように重厚な、空気を引き裂く叫び声が響いた。
――聖剣から。
それはもう、可哀相になる程悲痛な金切り音だった。
「うるせ」
と魔王が顔を顰めると、直ぐに止んだが。
思わず両手で耳を塞いだ民衆達は、自然と黙った。
その奇妙な静寂の中で、音を封じられた聖剣が、静かに、静かに、形を変える。
まず、聖剣の刀身の輝きが、頭上の雲を吸い込むように黒く鈍った。それから聖剣の周りを影が覆い、その影が手足を伸ばすように蠢く。
白く輝いていたダイヤが濁り、まるで血を垂らせるように一点に赤が生まれたと思ったら、そのまま侵食して行った。全てが赤く染まった頃には宝玉は二つに割れ、何故か赤黒く脈打つ筋――見るからに血管なそれが、宝玉から四方に蔦のように這っていた。
刀身は漆黒に変わり、刃先がギザギザと波打っている。
聖剣は、赤い瞳を持った、禍々しい何かに進化した!!
『ご主人様!! 我を僕にしてください!!』
尻尾を振って待てをする犬の姿が、魔王の脳裏に浮かぶ。
魔王にしか聞こえない聖剣の声は、全てのプライドを捨てて恭順を示した。
服従である。
魔王は是を言う代わりに、右手に力を込める。
ゆっくりと岩から引き抜かれて行くそれを、マルセルは息を呑んで見守った。
今代の勇者も、無事に聖剣を抜いた。
何とかなった。首の皮一枚繋がった。
どうにかこうにか、乗り切った。
そんな風には思えなかった。何かを決定的に間違えた、そんな気がしてならない。
聖剣の全てが岩から引き抜かれると、岩の穴から突風が突き上げた。僅かな砂埃を天上高く巻き上げ――蟠っていた雲を割る。
光の筋が神々しく降りて来る。
その一本が、魔王と聖剣の元へ。
救世主の降臨に相応しい、神秘的な光景である筈だった。
中央広場には再び、絶叫と歓声が沸き起こる。
禍々しさと神々しさの見事な共演であった。
民衆の魂の叫びが、大地を揺らしている。だからけして、自分が震えているわけでは無い。
マルセルは座り込みそうになる体を、国王の矜持を持ってなんとか踏み止まった。恐らく隣のギルロイもそうだっただろう。顔面を蒼白にしながらも、
「さすが勇者様」
と激励した。
けして現実を見ない、そう決めた顔だった。
聖剣だった何かを持って、更に魔王度がバージョンアップしてしまった勇者は、ゆっくりと二人に顔を向ける。
マルセルは笑顔を引き攣らせながらも、
「これで儀式は終了です」
――世界は終了しませんように。
勇者の表情からは真意は窺い知れない。どうしよう。
しかし勇者の方は、割と人の顔色を読めるタイプである。
空いている左手を、そっと肩口まで上げた。緩く拳を握り、
「平和が一番」
やる気の無い顔で、やる気の無い声で、やる気の無い態度で、形だけエイエイオーの動きを取った。
一瞬思考を止めたマルセルとギルロイが、「うそをつけぇ!!!!!」と言う絶叫を心の中だけに留められたのは僥倖であった。




