55.ガルージャ戦、決着
国境の砦近くで難を逃れた兵士以外は全て押し流され、先の洪水直後、ガルージャ軍は僅か一万弱までその数を減らしていた。
兵站部隊もほぼ壊滅状態となり、振り返ると背に負っていた筈の大地は、巨大な沼地となって眼前に広がっている。
沼地を迂回し自国へ逃げ帰ればまだ被害を抑えられたのだが、彼らは厳しい軍規により、前に進む事しか許されなかった。
「ガルージャ軍はまだ指揮官が残っているから良いが、第四騎士団は……無秩序に動く、ただの寄せ集めに成り果てているな」
クラウスが王宮へ向かってから、早三日目。
呆れたようにワーグマン公爵が呟き、大きく変化した戦況を見守る。
戦意を半ば喪失しつつも国境を越え、朝の内にグランガルド国内に進攻したガルージャ軍。
途中で合流した第四騎士は、団長と副団長、さらに騎士団を内から支える精鋭達が夜のうちに離脱してしまった為、全く統率が取れていない状態であった。
「旗色が悪くなったからとはいえ、団を捨てるとは……」
「だがしかし、お陰でこちらもやりやすい」
苦言を呈するヨアヒム侯爵を宥めるように、ワーグマン公爵が口を開く。
第三騎士団を率いてヨアヒム侯爵が合流した直後は、両軍の数が均衡しており、被害を最小限に抑える為にものらりくらりと躱しながら、ヴァレンス公爵領に向け後退を続けていた。
ガルージャ軍の兵站部隊が洪水で粗方流されてしまった為、食料も尽きる頃か。
いずれにしろ後がないガルージャ軍は、恐らく今日明日にでも、総攻撃を掛けて来るだろう。
「ヴァレンスのことだ。必死で掻き集めた兵を束ね、そろそろ我らに追い付く頃であろうよ」
陽が昇り、次第に色付く景色に目を向けながら、疲労の堪り切ったワーグマン公爵が期待を込めて嘆息する。
と、その時、見張りの騎士が二人のいる天幕へと駆けこんだ。
「後方にヴァレンス公爵率いるグランガルド軍を確認! その数およそ……!」
時宜を得たりとは、まさにこの事。
「さすがヴァレンス……外さないな」
「では、今日中に決着を付けるとしますか」
思わず二人は顔を見合わせ、その報告に、笑みをこぼした。
***
満足に食料が補給出来ない上、戦意を喪失したガルージャ軍と、統率が取れない第四騎士団……対して、ヴァレンス公爵の援軍で士気が上がったグランガルド軍。
数の利が無くなった今、最早グランガルド軍の敵ではなく、総攻撃を掛け国境まで押し戻す形で敵軍の数を減らし、奪われた砦の奪還に成功する。
グランガルド軍の猛攻にほぼ壊滅状態となったガルージャ軍と第四騎士団は、最後は散り散りになって逃げ、戦争捕虜として捕縛したのは、武器を捨て投降した僅か百余人だった。
漸く終結したガルージャ戦に、グランガルド軍から勝鬨が上がる。
至る所から凱歌が聞こえ、三人の指揮官は改めて『ジャムルの丘』に立った。
「これは……、実際に目の当たりにすると、言葉も無いな」
事前にワーグマン公爵から話は聞いていたが、その広大な沼地を目の前に、ヴァレンス公爵は絶句する。
「なんとも凄まじい。劇薬どころの話ではなかった」
先の軍事会議後、ザハドに『使い方次第では劇薬にもなり得る』と忠告したが、よもやここまでとは思わなかった、と放心したように呟く。
「あの時、『身の内から逃がさぬよう閉じ込めておけ』とは言ったものの、これはさすがに……大人しく閉じ込めるなど、土台無理な話だったな」
ゆっくりと腕を組み、ヴァレンス公爵はそのまま天を仰いだ。
「従属国に力関係を知らしめるための人質だった筈が、僅か数分で陛下を篭絡し、その日のうちに側妃にまで成り上がるなど、貴公らは想像できたか?」
ヨアヒム侯爵が溜息混じりに問いかけると、他の二人が半ば諦めたように首を横に振った。
「無理だな。水晶宮の件といい、ジャゴニへの戦略やファゴル大公国辺境からの援軍、そしてこの洪水……どれを取っても全てが規格外だ。一体どういう育て方をしたら、あのようになるのか、是非ともファゴル大公に伺ってみたい」
特に子育ての秘訣は無く、ファゴル大公も手を焼いてばかりなのだが、強いて言うならば自己責任で、ある程度の裁量を与えている事くらいである。
「あの殿下の事だ。もしかしたら自力で王宮を奪還してしまったかもしれんぞ」
ヴァレンス公爵の言葉に、他の二人が「殿下ならやりかねない」と同時に呟き、三人の間にさざめくような笑いが起こった。
「しかし、今回は疲れた」
ジャゴニ首長国に出征したと思ったらトンボ返りでグランガルドへと戻り、さらにはガルージャと戦う羽目になったワーグマン公爵が、グッタリと口を開く。
「だが何の偶然か……グランガルドが瀕した危機に、最後に手を取り合い戦ったのが、長年あれ程仲違いを続けていた三派の筆頭とは」
ジャゴニ首長国に出征した革新派の筆頭、リンジャー・ワーグマン公爵。
第四騎士団を挟撃するため、第三騎士団を率いた中立派の筆頭、ジョージ・ヨアヒム侯爵。
そして最後に、必死で掻き集めた兵を束ね指揮し、二人の元へと駆けつけた保守派の筆頭、アルデオ・ヴァレンス公爵。
偶然にしては出来過ぎているこの結末に、三人は顔を見合わせ……最早笑うしかなかった。
「殿下は我らに、手を携え仲良くせよと仰せだ」
だがしかし、暫くはゆっくり休みたい。
ヴァレンス公爵の切実な願いに、またしても「違いない」と同時に相槌を打つ二人。
若かりし頃は、同じ戦場を幾度も駆けた、かつての戦友同士。
あの頃は忌憚なく意見し合い、派閥の事など何も考えず、ただひたすらに祖国の為に戦い、気安く杯を交わす仲だった。
「……王都に戻ったら、どうだ、久しぶりに飲まないか」
美味い酒があるんだとヨアヒム侯爵が少し遠慮がちに提案すると、「それはいいな! 三人で飲むのは何十年ぶりか」とワーグマン公爵が嬉しそうに応諾した。
「この一件で殿下の行動範囲も広がるだろうから……、是非殿下も一献交えたいものだ」
我が公爵家自慢の美味しいケーキで釣れば、嬉々として来るのではとヴァレンス公爵が冗談交じりに口にすると、「それでは是非陛下に対する思いの丈を、朝まで伺うとしよう!」と身を乗り出し、ミランダを飲みに誘う為の作戦を、楽し気に練り始める三派筆頭。
この数日後、ゆったりと凱旋した三名は、広範囲に渡り焼失した王宮を目の当たりにして愕然とするのだが――それはまた、少し先のお話。
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