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二十五章 その言葉は 七

 敵国に一人きり、という状況でなお微笑を崩さない女性は、扉の外の光に気付くと、ようやくまともな人間らしい感情を浮かべた。


「ところで、その光、道案内にしては趣味が悪いね。僕なら道案内が終わると同時に花火のように散らすところだけど?」


 もっとも、それは不快感だったのだが。


『…………』


 かすかにだが聞こえた、二人の物とは違う呼吸音とともに、魔力球が消える。


「案の定、かぁ。君なら僕を信じてくれるかと思ったんだけどね? カルーレン主席」

「俺がやったわけじゃないさ。恨むなら俺の上を恨んでくれ、トウコ次席」

「そんな口がたたけるなら、もう盗聴の心配はないようだね?」

「さてな。俺には気付けない手段があるかもしれんぞ」

「まさか! 君に気付けない手段なんてあるものか。ク・マキナ自慢の軍学校において、君の実技成績は首席だろう? その人に気付けないことなど、まずないと思うけれど?」

「軽く言ってくれるな……机上試験ではお前が首席だろう。実技だって、女生徒だけで考えれば主席。あそこは格闘とか、筋力もかかわる部分に関しても男女の別はなかったからな」

「それを言えば、君はその机上試験でさえ次席だったと思ったがね。だからこその総合首席殿。だろう? カルーレン」


 その言葉に、ゼクディウスはあきれたような顔をする。

 そう、ゼクディウスの通った学校は、ムル・クアリアスのものではない。

 クアリアス国立大を目指していたのは確かだ。もっとも、彼が入学したところで魔術の実技で落第していたことだろうが。

 それでも、彼の中にはわずかな希望があった。国内で最上の大学ならば、あるいは自分の魔術の才を見出してもらえるのではないか、と。

 しかし、財政難でやめていった教師から正式に”魔術の素養は一切なし”と判断されてしまった結果、国外の大学……すなわち、ク・マキナの軍学校、メカニカ・ヒュマーノへと通い……結果的には、自身の”ク・マキナにおける”優秀性を証明したのだった。


「それで? 全世界を敵に回したク・マキナの大使殿が、この国においては無能以外の何物でもない俺に何の用だ?」

「まあ、取引をしにきた……簡潔に言えば、君だけでも助けたいと思ってね」

「俺を助ける、だぁ?」


 その通りだとも、とトウコはうなずく。


「祖国といろいろ交渉してね。僕がいくつか条件を飲んだことで、僕が大使に選ばれ……君を連れて帰る事に成功すれば、君の命と自由を保障する、という内容さ。あとは、君が僕についてきてくれるよう、取引をするだけなんだがね?」

「……はっ、何を言いだすかと思えば。前の大戦を忘れたのか? ク・マキナとムル・クアリアス。大国と言って差し支えない国のぶつかり合いを止めたのは、神の意思を用いる信仰国家ルア・メクルイデス。今回も、神の意思で止めに入るだろうさ。たしかに、ムル・クアリアスの優秀な魔術師に召集令状は来たさ。だが──」

「ああ、神の意思ね。もうしばらくすれば、使えなくなる予定だよ……そして、魔術と科学のぶつかり合いになる」

「は……?」


 ゼクディウスは、目の前の昔なじみの言っていることが心底理解できなかった。

 神の意思。それは、超常魔術をも大きく超える規模の、奇跡と呼ぶほかない何か。ルア・メクルイデスの民の祈りに答えた、神のおぼしめし。

 それが使えなくなるというのは、可燃ガスに火種を近づければ燃えるくらい必然のことが、起きなくなるということ。

 この世の摂理と呼んでもいいほどの何かが、崩れ去るということなのだから。


「詳しくは機密事項だから話せない。けど、原本とか呼ばれる新たな魔術の知識を持って生まれるものが最後に生まれたのはいつだい? それに比べて、我々の科学は、日進月歩。いや、分進秒歩と言ってもいいね……ただ単に戦争に勝ちさえすればいいのなら、とうにこの街を吹き飛ばせるくらいまでには、進んでいるのだよ?」

「……勝ち目はない、って言いたいのか?」

「ああ、そうだ。祖国も、焦土を作りたいわけではないから手を選んでいるだけ。勝ちはゆるぎないさ……そして、それが分かったうえでも、油断をするつもりはない」


 ゼクディウスには、奇妙で仕方がなかった。

 トウコの、いや。ク・マキナの、この自信はいったいどこから来るものなのか?


「……だから、君だけは助けたいんだ。カルーレン。僕と一緒に来てくれ。僕の全てと引き換えにしてでも、君を守り抜いてみせるから……!」


 ゼクディウスとトウコの交流期間は、さほど長くはない。

 だが、ゼクディウスは”この女が軽い考えでここまで口にするような馬鹿じゃない”ということは理解していた。


「……お前が何でそこまで言いきれるのかは、分からん。だが、そこまで言うからには、何か確信できるような要素があるんだろうな」

「なら……来てくれるね?」

「…………」

「カルーレン?」


 ゼクディウスの頭の中には、ムル・クアリアスで共に過ごしてきた人々の顔が、次々に浮かんでいた。

 両親は、正直どうでもいい。あの二人なら、国が滅んでも死にはしないだろう、と確信しているからだ。

 だが、カルーレン家に仕えてくれている人達はどうなる?

 そして、何よりも──教え子達は?


「悪いが、断る」


 そこまで思いいたると同時に、シンプルな拒絶の言葉がゼクディウスの口から吐きだされていた。


「俺は……祖国に仕える気なんて、さらさらない。はっきり言って、基礎魔術の一つも使えない俺にとって、迫害されこそしても得の無い国だからな。だが……それでも、俺の知識で、守りたい奴らがいる。家庭教師として、教え子達とかな……」

「そう、か……一応、四年は共に過ごしたはずだが、その僕よりも、大切なんだね?」

「お前の事は、友達だとは思ってるよ。教え子っつったって、ほんの少ししかたってねー。それでも、守りたいものは守りたい。お前だったら、戦時中でも自衛くらいできるだろう?」

「……わかったよ。諦めたくはないが、ここは引く。だが、帰る前に……思い出作りをさせてくれ」


 そう言った瞬間、トウコの姿がゼクディウスの視界から消えた。

 ゼクディウスのク・マキナでの知識から、初歩から最高速に到達する歩法に思い至り、その場から大きく飛びのけば、先ほどまで立っていた場所にトウコが立っている。

 そして、飛びのいた足が地につくより先にトウコはさらに距離を詰め──ゼクディウスの唇に、自身のそれを押しあてた。


「──!?」


 驚きのあまり黙っているゼクディウスに、トウコはいたって冷静に告げる。


「僕はね。自分より優秀な人間以外と結ばれる気はないし、優秀だとしても、優しさと強さの無い相手ならば恋することはないと考えている──つまり、君以外に惹かれるなど、ありえなかったんだよ。カルーレン。僕は、僕の精一杯の救いの手を振り払われてなお、君に恋している。愛しているんだよ」


 余裕しゃくしゃく、という表情が、初めて崩れた。

 瞳には、薄く涙が浮いているようにも見える。


「大使になる交換条件を飲んだ時点で、君と共に過ごす未来なんてなかったがね……君が過ごす未来は、守りたかった。残念だよ」

「……待て。その言い方……トウコ。お前、死ぬのか?」

「僕にもわからない。科学からはあまりにも離れた理論だ、思いついたやつは、神……と、いうよりも、悪魔とでも言おうかな」


 見つめ合いながら、二人は会話を続ける。


「……カルーレン。守りたい相手がいるというのなら、その相手と共に生き残るんだ。本当なら、このまま男女というか、オスとメスというか、そういう思い出も作ってしまいたいぐらいだが、不意を突いてなお、接吻(せっぷん)がやっとだ。そんなところまで持って行けそうにない。無念だが……帰るとするよ」


 涙を浮かべたまま、ゼクディウスから離れるトウコ。


「来世、なんて非科学的なことを言うのもなんだが……そこでは、君と幸せになれるのを祈るよ」

「待てよ! 何があるんだかわからんが……帰れば生きてるのか死んでるのかすらよく分からないんだろ!? だったらここにいろ!」

「すまないね、カルーレン……君には恋しているが、祖国には忠誠を誓った。それに、祖国にも僕の守りたい人が大勢いる。だから、帰るとするよ」


 ゼクディウスの耳に届いた、かすかな囁き……”ありがとう”の言葉を残して、トウカは去っていった。

 後には、呆然としたゼクディウスが一人、のこされるのだった。

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