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二十五章 その言葉は 五

 カツン、カツンと足音が、コッ、コッとステッキをつく音が廊下に響く。

 しばらくそれが続き、やがて大広間の前にその音がたどり着く。


「あ、ゼクさん……お風呂、いただきました」


 そう微笑むアオイ。しかし、その表情にはどこか緊張が見て取れる。


「どうかしたか? なんかまずいことでもあったか?」

「え……いえ、何でもありません、よ? あ、あはは……」

「……お兄さま、お姉さまが先ほど“タオルがふわふわ”と顔をうずめていました」

「タオルがふわふわ」

「シロちゃん! それは恥ずかしいから言わないで!」


 そう頬を赤らめて怒るものの、その場から動こうとはしないアオイ。


「お姉さま……とめないと、もっと恥ずかしいことをばらしますよ?」

「ううっ……でも、乱暴に動いてこの服が傷んだらと思うと……!」

「アオイ、心配はいらない。その服、うちの親父の感覚なら安い服だから」

「それでもこんな良い布地の服着たのは初めてなんですよ!?」


 アオイの緊張の理由はそれか、と苦笑を漏らすゼクディウス。


「でも……たしかに、良い布地です。お兄さまも触ってみてください」

「迷いなく胸元に手を引っ張るんじゃない……まったく」

「既成事実を作りませんか?」

「作りません。実家に生徒を連れ込んで変なことする度胸は俺にはない」

「そうおっしゃらず」

「サーシャ……どうした。今日はいつにもましてスキンシップが過剰だぞ」

「ここはお兄さまのご実家……ご両親もご在宅……一つの既成事実を見せれば結婚につながる可能性が」

「……落ち着け。そして落ち着け。さらに落ち着け。もっと落ちつけ。深呼吸でもして落ち着くんだ」

「……? 落ち着いています。ですからこうして計算した行動をしています」

「マイルディアさーん、見てないで止めてくれー。くすくす笑ってないでー」


 過剰に抱き着こうとするサーシャの扱いに困ったゼクディウスは、部屋の端の方で口元を押さえる自身の執事に助けを求めた。


「お止めした方が良いのだろうと思うわたくしもいるのですが……申し訳ございません。皆様が楽しそうなので今しばらくそのままで」

「俺はあまり楽しくないんだが!?」

「そこまでおっしゃるのでしたら、仕方ありません。サーシャ様、ゼクディウス様は恋愛には奥手であることをふまえたアプローチをなさってくださいますよう、お願い申し上げます」

「……マイルディアさん。お兄さまが恋愛に奥手なのは、これまで据え膳を用意しても召し上がっていただけなかったことから理解しています。ですので、今度は口元まで据え膳を運ぼうかと」


 会話をしつつも、サーシャの視線はまっすぐゼクディウスに注がれ、無感情でありながら情熱的な視線という器用なまねをしている。


「なるほど……奥手であるがゆえに、ご自身から動いて近づく。それもまた一つの道筋ではありますね」

「そこで納得するんじゃない。いいから助けてくれ……アオイも服が傷むとか気にしなくていいから止めに入ってくれ……」

「は、はい……シロちゃん、ゼクさん困ってるからそれくらいで……」


 通常より数段慎重な動きでサーシャをゼクディウスから引きはがしにかかるアオイ。


「そう言えば、お風呂に入らせていただいている間に……ものすごい魔力を感じたのですが、何かあったのですか?」


 ところどころさび付いた機械のような動きでサーシャを羽交い絞めにすると、アオイはそう尋ねた。


「あー、多分親父だな。親父の部屋は外部に魔力漏らさない結界張ってあるんだけど、基本的に実体のあるものの表面に張ってるだけだから、ドア開けた時に漏れたんだと思う」

「……このお屋敷には神様でもいらっしゃるのですか?」


 アオイの表情が引きつっているのは、着慣れぬ高級な服を着ているからでも、サーシャの抵抗が強いからでもないだろう。


「そんな変か?」

「これが普通なら、私の知っている常識って何だったのだろう、と思う程度には変ですよ!?」

「あっしの上位互換という次元ではなかったですからなぁ……ただそこにいるだけであれほどならば、魔術を使えば低級魔術ですら高位術式に見えること請け合いでさぁ」


 苦笑しながらガレイがそう口にする。


「あれ? でも、一級魔術師の中に、カルーレンという姓はなかったような……」

「そうか、アオイは一級魔術師だから、歴代の名簿見たことあるのか……まあ、うちの親父一種の国家機密扱いされてるしな」

「……はい?」

「正確な魔力量は現在になっても計測不能。魔術師としての能力は一級でも収まらないレベル。外に漏らすにはもったいないってことで、歴代名簿から名前を消されたんだよ。拘束しようにも、全力で抵抗されれば近隣一帯消し飛ぶからなぁ……」

「いろいろと……理解が追い付かないですね……」


 それは全員が感じたらしく、そっとうなずいていた。


「まあ、いろいろと規格外な人物ではあるけど、悪人ではないからさ。その辺は安心してくれ」


 その“規格外”さゆえに巻き起こした過去の問題は伏せておこう。心中でそう思いながら、ゼクディウスは笑顔を保つ。


「それより、今後について話すとしよう。親父が裏で手を回してくれたから、俺たちは一つの部隊として動ける。どっかのお偉いさんの指揮下の一小隊かもしれないが、それでもいい。俺が全力でお前たちを守るからな」


 かつて、母から学んだ語るもおぞましいほどの肉体の使い方。

 加えて、大学で学んだ戦術。

 戦争は一人の英雄の手によって終わらされるものではない。だが、一人の英雄に魅せられた大勢の人間ならば、終わらせることができる。

 ゼクディウスは、その”一人の英雄”になろうとしているのだ。

 その英雄が、最後に命を落とすとしても、教え子たちを無傷で帰す。

 彼の心は、すでにそう決意している。

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