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二十五章 その言葉は 三

 しばし歩むうちに、朱塗りの扉がみえる。

 その扉は、豪邸の中ということがあり、豪華でありながらも普通の扉に見える。しかし、ゼクディウスにとってはク・マキナ一の大銀行の金庫室の扉よりも重い物に見えた。


「…………」


 深いため息をつくゼクディウス。しかし、その直後扉がひとりでに開く。


「遅いぞ、我が息子よ。実父に会うだけのことに何を緊張しているんだい?」


 その声は、誰もがどこかで聞いた覚えのあるような声だった。

 その顔は、誰もがどこかで見た気がするような顔で。

 その笑顔は、良好な親子関係を結んでいる親子ならば、当然見るような笑顔。

 特徴らしい特徴など見当たらない、いたって普通の人物……しかし、それは外見だけのこと。

 魔力を感じることができる人間ならば、誰もが感じる恐怖。それが、その外見は普通の人物から放たれている。

 そう、部屋に満ちた、圧倒的な魔力の濃度だ。

 それは、紛れもなく外見は平凡としか言いようのない人物から放たれている。


「……緊張するにきまってるだろ。今は親子というより、ビジネスの取引先と話すような感覚なんだからな……そういう意味じゃ、親父というより、ジニア様、とでも呼んだ方がいいのか?」


 そして、その魔力に気おされながらもそう声を返すゼクディウス。

 その言葉に、男性は笑いを漏らす。

 ただそれだけの事なのに、魔力は津波のようにゼクディウスの体に押し寄せる。かろうじて耐えきったのは、幼少期からの慣れ、としか言えないだろう。


「ジニア様、か……まさか我が子からそのような呼ばれ方をするとは思わなかったよ。まあ、私としてはただの親子の会話のつもりなんだがね。そのようにかしこまられては父としては悲しいよ……ナズナも、そう思うだろう?」

「ええ、とても」


 その声は、ゼクディウスの背後から聞こえてきた。


「お袋……いつの間に……」

「母は、いつでもあなたの事を見守っていますよ? 昔から、そう言っているでしょう?」


 それはおかしい。ゼクディウスは喉元まで出かけたその言葉を飲み込んだ。

 しかし、おかしいのは確かだ。長い廊下、隠れる物陰などない。そして、ゼクディウスは背後に気配など一度も感じていない。

 いつから、ナズナはゼクディウスの背後に立っていたというのだろうか? ゼクディウスが扉の前に立った時? 廊下を歩いているとき? 屋敷に入った時から? それとも……それより前から?


「まあ、何はともあれ、だ。良く帰ってきた、ゼクディウス。取引なんて、最初からする必要がない。なにしろ、今回は……大事な息子からの頼みだからね」

「親父、相変わらず嘘つくの下手だな。魔力の揺れで何か隠してるってバレバレだぜ?」

「まあ、いいんだよ。それに気付ける人間なんてごくわずかだ。そういう意味では、お前も稀有な才能の持ち主なんだがねぇ」


 苦笑混じりに言ってみせるジニア。だが、たしかに彼の言う通り、並の人間では魔力の揺れには気付けてもその機微には気づけないことだろう。

 次々に押し寄せる、街を飲み込むほどの大波の高さ。それがほんの少し変わった程度ではジニアの言う通り『稀有な才能の持ち主』でないと気がつくことなどできないのだから。


「はぁ……まあ、親父もお袋も、俺が家を出る前と何も変わってないのは分かった。で? 何か話があるって言われたんだが、その内容は?」

「なに、お前が家を出ている間の話でも聞かせてもらいたいと思ってね。土産話の一つや二つ、聞かせてくれたっていいんじゃあないか?」

「母も、聞きとうございます。いつが最期になるかわからない今、可愛い我が子の口から聞いた最後の言葉が家出の時の言葉になどしたくはありません」

「あー……まあ、いろいろ仕事探しして、結局ラッカルッカのパークウェル孤児院で家庭教師して……それくらい? 魔術使えないとこのあたりじゃろくな仕事なかったからな……」


 ゼクディウスは、それで話を終えるつもりだった。しかし、ジニアの先を促すような目に抗えず、もう少しだけ詳しく話すことにした。


「まあ、行ってみたらびっくりしたな。生徒は、たしかに学校で教わるようなことはほぼ知らなかったけど、異様に魔術の素養が高い。一級魔術師がいるわ、超常魔術使いもいるわ……」

「ほう、超常魔術か……興味深いね。何が使えるんだい?」

「話したらいろいろ調べようとするだろうから、これ以上の明言はやめておく」

「つまらないことを言うな。親子じゃないか」

「……俺の魔力のなさについて、研究者に調べさせたことは忘れてない」

「あれは仕方がなかったじゃぁないか。医者に診させても何もわからないというばかりだったのだから」

「……幼心にはトラウマものだったってことは言っておく」


 そう話していると、ジニアの部屋の奥からナズナが茶器をもって現れる。もちろん、先ほどまでナズナはゼクディウスの近くに立っていた。

 加えて言うのなら、ナズナが現れた場所はゼクディウスの視界に十分収まっていたのだが、ナズナが移動したことにかけらほども気づけなかった。


「喉も乾いているでしょう? お茶でも飲みながら話をしましょう」

「あ、ああ……ありがとう」


 多少動揺しつつも、己の母はこういう人物だったと過去を振り返るゼクディウス。


「さて、教え子たちのプライバシーを守りつつ話すけど、ほかに何か聞きたいことあるのか?」

「そうだな……まあ、これ以上は本人たちを見ないと何を聞いたものか、といったところだね。だが、最後にこれだけは聞いておこうかな」

「何?」

「……生徒たちと自分の命。守りきる覚悟はあるかい?」

「当然。用兵の成績は歴代最高点だからな」

「授業と実戦は違うものだよ、ゼクディウス。だが……まあ、役に立つことはあるだろう」

「そのあたりは分かってるさ。むしろ、授業で習ったことだけで勝てたら相手は相当なバカだ」

「なら、その自信はどこから来る?」

「生徒たちへの信頼。あいつらの力を発揮させることができれば、大抵のことはできるさ」

「そうか。お前がそこまで言うのなら、信用できる……先に渡しておくか。入城許可証だ。それを見せれば、わいろを送っておいた軍部の上層の人間に話がいく」


 机の上に置かれていた封筒を差し出すジニア。ゼクディウスは、無言でそれを受け取った。


「じゃあ、また夕飯時にでもゆっくり話をしようか。楽しみにしているよ、我が子よ」

「……ああ。じゃあ、また後で」


 わざわざ呼び出した割には、取り留めのない話だった。安心と猜疑心がゼクディウスの胸中に飛来する。


「……まあ、いいか」


 何か企んでいるとしても、その時はその時だ。

 少なくとも親子である以上、直接害を及ぼすようなことはされないだろうと結論付け、ゼクディウスは自室へと向かった。

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