二十五章 その言葉は 二
そして、ゼクディウスとマイルディアを除く全員が驚きを顔に浮かべている。
「遠くからでも大きいことは分かっていましたが……ここまでとは……」
「ふやぁ~……大きさに目を取られますが、門の柱の細かい彫刻もすごいですねぇ……」
「お金持ちの家は縦ではなく横に広いといいますが、本当にそうなんですね……」
「……でも、成金趣味という感じはしなくて……素直に……素敵です」
それぞれが感想を言い終えると、マイルディアはそっと門のカギに手をかざす。
すると、一筋の光がかざされた手に向け放たれ、だんだんと手を包み込んでいく。
「あれ、門の術式変えたのか?」
「ええ、これはセキュリティがしっかりしていると、旦那様が仰せになったものですから」
「ふーん……じゃあ、後で俺も認証しておかないとな……」
光が手を包み終えると、門は自動的に開いた。機械の動作音がしないところからすると、魔術によって動かされたのだろう。
「皆様お疲れでしょう。庭の案内は後の機会にするとして……まずは、ご入浴の準備をしておきましょう」
そう言うとマイルディアは、空いている方の手で庭に植えられた植物の枯葉を一枚とり、ふぅ、と息を吹きかけた。
それだけで、風も吹いていないというのに、いまだ遠くに見える屋敷の方へと舞って行った。
「珍しいな、枯葉があるなんて。いつも完璧に手入れされてるのに……」
「合図に一枚だけ残すようにとムクゲ様が指示されたので。ほかの部分はゼクディウス様もご存じのように、枯葉はおろか、しおれかけの葉や花の一つもございません」
「こんなに広いお庭なのにですか!? いったい何人の方が手入れを……」
「魔術で大部分は済みますので、細部の確認に二人いる程度ですよ。ゼクディウス様がご不在の間は、わたくしも手伝いはしておりましたが……」
平然と言ってのけるマイルディアに、驚きを隠さないアオイ。
「……あれ? 何か、あの花見覚えがあるような……たしか、薬効がある……」
その一方で、ウブラリアは庭の一角に植えられた植物に目をとめていた。
「博識なのですね。さすがはゼクディウス様の生徒……と、言いたいところですが、加工のしかたによっては、毒にもできるというのはご存知ですか?」
「え!? そ、そうなんですか……なんで、そんな植物を……」
「旦那様流に言えば、遊び心というものですが……わたくしの考えでは警告でしょう。当家を軽んじれば、いつでも毒を盛れる、といった」
「……貴族生活って、大変なんですね……」
ウブラリアのその言葉に、マイルディアは意味深な笑みを返す。
その後も見事な庭園に目を奪われながら、一行は屋敷の玄関へとたどり着く。
そこには、銀髪で、杖をついた老紳士が立っている。服装がマイルディアと同様の燕尾服であることから、おそらくはカルーレン家に仕える執事の一人なのだろうが、その体躯からは“老人”であることの衰えを一切感じさせない風格があった。おそらく、本来は杖など不要なのだろう。
「おかえりなさいませ、坊ちゃま。想定より遅いお帰りでしたが……今はそれより、マイルディア。お客様をお連れするというのに、随分と乱暴なご案内ですね?」
瞳を細めて、極めて優しい声音で言う老人ではあるが、その内容は極めて怒気に満ちている。
「……申し訳ございません、ムクゲ様」
「謝るべき相手は私ではないでしょう? マイルディア」
やはり優しい声音。しかし、さとすというよりも、糾弾するかのような雰囲気に、一同は若干の寒気を感じた。
「よしてやってくれ、ムクゲさん。丁寧にやろうと思えばマイルディアさんの事だし、できただろう。でも、それで生徒たちが変に調子に乗るっていうか……そうなると困るからさ。できる限り乱暴に運ぶよう、俺が無理に頼んだんだよ。そりゃもう、マイルディアさんに大反対されたけどさ」
「坊ちゃまのご命令でしたか……主命とあらば、まあ、仕方なしとしましょう。ですが、マイルディア。主の過ちには忠言申し上げるのが執事というものだと思いますよ?」
「おっしゃる通りです、ムクゲ様」
「わかっているのなら、次からはやり遂げるように。さて、お客様方、湯治の支度は済んでございます。まずは長旅のお疲れをお流しください」
そう言うと、老紳士は屋敷の扉を開け、中に入るよう促した。
「ゼクさん、あの方は、いったい……?」
小声でゼクディウスに尋ねるアオイ。
「あー……そうだな。みんな、紹介するよ。ムクゲ・セルフィア=ヴォーディリアさん。うちの家令……まあ、執事、メイドの司令塔だな。忙しい人だけど、基本的にこの人に聞けばうちの事は全部わかるから」
「セルフィア=ヴォーディリア? それって、マイルディアさんと同じ……」
「そりゃまあ、ムクゲさんはマイルディアさんの親父だからな。姓が違う方がおかしいだろう? さ、みんな風呂はいれよ。マイルディアさん、案内してやってくれ」
「かしこまりました。では、失礼いたします」
マイルディアに連れられて行くアオイの表情は、不思議そうなものだった。
「……あの一級魔術師の女性、親だというのに子につらく当たりすぎているのでは、という目でしたね。坊ちゃま」
生徒たちが去ってから、ムクゲはゼクディウスにそう声をかけた。
「自覚があるのなら、もうちょっとマイルディアさんに優しくしてやってくれないか、ムクゲさん。あれじゃあ、マイルディアさんがかわいそうっていうかさ」
「それはなりません。マイルディアはたしかに我が子ではあります。ですが、その前にカルーレン家の次代を担われる坊ちゃまの専属執事なのです。ならば、ク・マキナの真の職人が作る機械のように精密に、正確に仕事が行えなくてはなりません。私の後任は、親のひいき目がなくともマイルディアしかおりません。期待するがゆえに、厳しく当たることもまた必要なのです」
「優しく教えることだってできるんじゃないか?」
「ええ、ですから仕事が特別よく出来た時にはきちんと労いの言葉をかけております。それでは不足とお考えでしょうか?」
「いや……家庭教師として働いたのは短い間だけどさ。やっぱり、優しく教えた方がいいと思うんだよ、俺は」
「……坊ちゃま。坊ちゃまは給金をいただいて生徒に教える立場。ですが、執事は給金をいただいて主に注を尽くすもの。甘い教え方で適当な仕事を覚えられては困るのです」
「……まあ、一理あるけどさ……」
「ご理解いただけたのなら何よりです。さて、旦那様からお話があるとのことですので、坊ちゃまは旦那様のお部屋へお向かいください」
その言葉に、ゼクディウスは緊張を顔に浮かべた。
「わかった……行ってくるよ」
「坊ちゃま、そう気負われずに。ただ父親と話をされるだけではありませんか」
「……あの親父でなければ、ここまで緊張しないで済むんだけどな」
「私も、旦那様が幼いころに出会っていなければそう思っていたでしょうな。ですが、今もあの方の根は変わっていないと感じます。たしかに、言動は少々目につくところが増えたようにも感じますが」
「……貴族様方集めたパーティーで『毒杯を一つだけ混ぜておいた』なんて嘘を言うところが少々目につく程度とはな……ムクゲさん、親父と長く付き合いすぎて感覚マヒしてないか?」
ゼクディウスのその言葉には、ムクゲはただ微笑むだけだった。
「……まあ、行ってくる。ムクゲさん、長話になるようだったら、生徒たちは俺の私室に通しておいてやってくれ」
「かしこまりました」
そして、決意をしたようにゼクディウスは一歩を踏み出した。




