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二十五章 その言葉は 一

 早朝にラッカルッカを出た一行。ラ・クラディアまでの移動時間は、およそ四時間。

さすがの一級魔術師であっても、これだけの人数を連れて安全に移動するとなると、ゼクディウスをラッカルッカへと連れて行った時の様にはいかなかったのだろう。

 一行の様子を端的に表すならば、疲労困憊。少し大げさに表せば死屍累々とすら言える。それほどに、継続して魔力を使い続けることは疲労を伴うのだ。

 疲れていない、あるいはそれを表に出していない者はたった二人。

 一人は、魔力を持たないが故に、魔力の提供ができなかったゼクディウス・カルーレン。

 そして、もう一人はもっとも魔力の消耗が激しかったはずのアオイ・パークウェルだ。


「……こうして見ると、やはり一級魔術師というのは、尋常ではない存在だと再認識させられるよ」

「まあ……そうなんでしょうね。さすがにこの状況では、否定はできません」


 地面に倒れ込む者さえいるほどの負荷。それを主に受けておきながら、平然とたたずむアオイは、超人的としか言いようがなかった。


「とはいえ、私だって疲れてはいますし……ゆっくり休みたいところですね」

「そうか……じゃあ、俺の実家に行くか。ちょっと遠いけど、皆大丈夫か?」

「昼日中から……ウチくるとか……卑猥……ですねぇ……ふ、ひひ……」

「クフェアは大丈夫そうだな。なんか最期の言葉になりそうなか弱さだが、冗談言えるなら元気だろ」

「……地面に力なく横たわる少女に、そのお言葉……超サディストですねぇ……ガクリ」


 そう言うと、クフェアはかろうじて持ち上げていた頭までも地面にゆだねる。


「あー……とりあえず、道の真ん中で倒れ込むのは迷惑になるからせめて端に寄れ」


 ゼクディウスの言葉に、クフェアはそっとフードを手で押さえながら、地面を転がって端に寄った。

 他の面々もかろうじて、といった様子で移動するのを見て、ゼクディウスはこの状態では実家まで皆を連れて行くのは不可能だと判断する。


「アオイ、疲れてるのは百も承知だが、輸送系の魔術って使えないか?」

「うーん……これ以上は、提供がないと厳しいですね……」


 そう話し合う二人。どうしたものかと頭を悩ますゼクディウス。

しかし、その表情は通りを歩くある人物を見たことで、明るい物へと変わる。


「マイルディアさん! 久しぶりだな!」

「お久しぶりです、ゼクディウス様。このたびのご帰宅、嬉しく思います」

「……? ゼクさん、その方は?」


 アオイの疑問に、その金眼の人物は優雅な一礼と共に答えを返す。


「わたくし、カルーレン家にてゼクディウス様専属の執事を幼少のみぎりより務めさせていただいている、マイルディア・セルフィア=ヴォーディリアと申します。ゼクディウス様、こちらの方々が先の連絡でお話になられた方々でしょうか?」

「ああ、そうだ。皆、長距離の高速移動術式と、その魔力提供をしたものだから、疲れ果てている。できればマイルディアさんに運んでもらいたいんだが……頼めるか?」

「かしこまりました。皆様に手をつないでいただくなど、体のどこかでつながっていただき、見た目に目をつむっていただければ、この人数でもお連れすることは可能です」

「悪いな、助かる。と、いうわけだから皆、手なり足なりでそれぞれの体に触れてくれ」


 その声に安堵した様子の面々は、アオイを除いた全員が手をつなぐ。


「アオイはいいのか?」

「は、はい。私は歩くくらいの余力はありますから」


 どこか動揺して言うアオイ。その様子を整った容姿で冷静に眺めていたマイルディアは、手をつないでいる子供たちの方に目を移し、輸送のための呪文を唱えだす。


「星よ、この子らの手を一時の間我が手に委ねよ」


 そう言い終えると、マイルディアはそっとウブラリアに手を触れ、輸送呪文を発動させる。


「では、参りましょう。ご両親が首を長くされてお待ちですよ」


 何でもない表情のマイルディアだが、その背後では子供たち全員が宙に浮かび、その手に引かれている。その魔術の腕、魔力の量はともに一流だと、魔術を学んだ者は一目で分かることだろう。


「ああ。ほら、行くぞアオイ」

「は、はい!」


 マイルディアが先導して歩き、その後ろに子供たちが浮かび、その少し後ろをゼクディウスとアオイが歩く形になる。


「あ、あの、ゼクさん」


 そのさなか、アオイが小声でゼクディウスに声をかける。


「どうかしたか?」

「いえ、その……マイルディアさんって、お綺麗な方だなー、と……」

「まあ、たしかに美形ではあるよな」

「燕尾服も、見事に着こなしてらっしゃいますし、仕草だって、私なんて田舎の小娘に過ぎないな、と思うほど優雅ですし……」

「まあ、名家に勤めているわけではないとはいえ、執事だからな」


 そこまで言うと、アオイは少し言いよどむ。


「でも……なぜ、男装をなさっているのですか?」

「……主である俺があらぬ噂を流されないようにするため、だそうだ」

「逆に変な趣味があると流れそうな気がするのですが……」


 そう、マイルディアは男性的な服装をしているが、紛れもなく女性だ。

 何かで抑え込んでいるのだろうが、それでも燕尾服の胸元は豊かに膨らんでいる。

 この辺りでは珍しい黒と、色が抜けきっていないのか、銀に見える白髪が混ざったその髪はやや短く切りそろえられているものの、どこか色香を漂わせる。

 そして、顔つきは整っているが、その整い方はあくまで女性ベース。

 男装の麗人。その言葉がしっくりくる外見なのだ。


「執事としての能力も申し分ない。本人なりの考えがあるんだろうから、俺はあまり触れないことにしてる」

「は、はあ……」


 そんな二人の会話を知ってか知らずか、マイルディアはひたすらに歩を進めていく。


「それにしても、たしかに結構歩きますね。ゼクディウスさんのご実家は、どちらにあるのですか?」

「ん? あれだけど……」


 そうゼクディウスが指さすのは、丘の上の方、非常に巨大な家々が一定の距離を置いて立てられている地区の一角。

 遠目でも、その大きさはパークウェル孤児院にひけをとらないことは分かる。


「……このような都会であんなに大きな家に……ゼクさんって、本当にすごい方だったんですね……」

「すごいのは一代であそこまで上り詰めた親父たち。俺はそこに生まれただけのボンボンでしかないさ」

「ゼクディウス様、ご自身を卑下なさらぬよう。カルーレン家の次代を継ぐのは紛れもなくゼクディウス様です。ご両親もそれだけの素質があると見込まれての事ですよ。それに、わたくしの知る限り、自らを厳しい環境に置いて律しようとするような方は、ただのボンボンではありません」

「聞こえてるのな……ま、少しはましな方のボンボンになれてるといいんだが」

「ラッカルッカに行かれる前よりも、魅力的な男性になられましたよ。ただ自立しようと必死だったころの貴方様と比べれば、格段に」


 照れも恥じらいも無いその言葉。しかし、魅力的な男性になった、という言葉に対しては、アオイとサーシャが反応を示す。


「……マイルディアさんは、お兄さまの事がお好きなのでしょうか」

「こら、シロちゃん! そんないきなり失礼でしょう! で、でも……私も、ゼクさんをどう思ってるのかは少し気になります……」

「はは……構いませんよ。男の格好をしてまでゼクディウス様のお傍にあろうとするのは下心があるからだろう、と陰口をきく貴族より、よほど好ましく思えるご質問です」


 そう言うと、マイルディアは少しだけ振り返り、意味ありげな笑みを浮かべる。


「有り体に言うなれば、愛しています」

「「……!!」」

「仕えるべき一人の主としてお慕いしている、という意味ですので、どうぞご心配なく」

「……マイルディアさん、今の勘違いさせるためにわざわざ変な言い回ししただろう」

「執事たるもの、冗談の一つも言えないようでは知性、あるいは品位が欠けるとされるものですから。お楽しみいただけましたか?」

「楽しいというより、ドキドキしました……」

「……お姉さまに同意します。マイルディアさんのように大きな方に押し付けられては、そのあまりの柔らかさにお兄さまはころりと」

「行かないからな? マイルディアさんはあくまで俺の執事。子供の頃から付き合いあるから、幼馴染みたいなものではあるが」


 頬を赤くするアオイ、無表情で淡々と述べるサーシャ、苦笑するゼクディウス。その様子に、マイルディアは執事らしく控えめにほほ笑んだ。


「魅力的な男性になられた、というのがわたくしの勘違いではないようで何よりです。このマイルディア、嬉しゅうございます」

「からかうなよ、マイルディアさん。だいたい、教師が生徒に手を出すって、倫理的にまずいだろう?」

「生徒が教師に一方的に想いをぶつけるだけならば、よくある話でございます。ゼクディウス様の理性、最後まで持ちこたえられると、わたくしは全幅の信頼をいたしておりますゆえ」

「嬉しい言葉ではあるが、その信頼はどこからわいてくるんだよ……」

「さあ、どこから来たものか……自身の事でも、全ては分からないものです」


 そのような雑談をかわしながら歩くうちに、一行はカルーレン家の表門にたどり着く。

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