二十四章 きっと、またいつか
早朝。
今日の孤児院には、普段とは違う雰囲気が漂う。
「アカネさん、短い間でしたが、お世話になりました。戦争が終わったら、またお世話になります」
そう頭を下げるゼクディウス。その後ろでは、子供たちが同様に頭を下げている。
「さっさと帰ってくるんだよ。一人もかけることなくね……そうしたら、いくらでも世話してやるからさ」
孤児院を背に、アカネはそう微笑む。
「はい、母さん。できる限り早く、そうなるように努力してまいります」
「ああ、アオイ。あんたが主力になるんだろうから、特に気を付けるんだよ。他の連中もね。戦争に送りだすってときにこんな言葉がふさわしいか分からないけど……ケガ、するんじゃないよ」
優しい声音。優しい表情。ぶっきらぼうな言葉ではあれど、その言葉は本心から出たものだと感じられる。
「では……行きましょう、みなさん!」
そう言うと、アオイはアカネに背を向け、呪文の詠唱を始める。
「風精よ、汝の吹かす風のごとく我らを迅速に運びたまえ!」
そう言い終えると、アカネ以外の周りに青い半透明の膜が張られ、その全員を持ち上げる。
「んー……さすがに、この人数だと重いですね……魔力の消費が……」
「でしたら、あっしを頼ってくだせぇな、姉御。魔力量だけなら特級ですぜ?」
「ありがとう、ガレイ。じゃあ、ちょっとだけ負担してもらうね」
アオイがそう言ってガレイの背に手を振れる。その途端にガレイがその場に崩れ落ちる。
「……がっ、くっ……! すさまじい負担ですな、姉御。これで全体のどれくらいです?」
「四分の一くらいかな……半分は行ってないと思うけど、つらかった?」
「……何のこれしき! おそらく普段魔術を使っていないから、こんな貧弱なんでしょう! 姉御の魔力の予備タンクくらいの働きしないと、あっしの存在意義が失われまさぁ!」
「そんなことはないけど……とりあえず、ガレイの負担、軽くするね」
その様子を見ていた子供たちは、戦慄する。
四分の一。それだけでガレイが崩れ落ちるほどの負担の全てを受けてなお、アオイは表情一つ変えなかった。
彼女は、いったいどれほど辛ければ辛いと話してくれるのだろう。そうアオイの事が不安になるのだ。
「なに? みんな、そんな顔して……大丈夫よ、私は。魔力の消費に慣れていれば、皆をはこぶくらいどうってことないんだから」
アオイはそうおどける。だが、常人ならば到底耐えられないほどの負担がかかっているのであろうことは、負担を軽くされてなお、苦悶の表情を浮かべるガレイを見ていれば十分理解できる。
「……お姉さま、ガレイさん。どうか、私の魔力も」
一番に動いたのは、サーシャだった。
術者に対する魔力提供は、勝手にはできない。勝手に魔力を提供されては術のコントロールができなくなる危険性が、勝手に魔力を提供させられては枯渇死する危険性があるために、術式自体に外部との魔力の取引に制限をかける要素が意図的に組み込まれているのだ。
だからこその、魔力提供の呼びかけ。術者、提供者共に同意していれば、体のどこかに触れることで魔力のやり取りをすることができる。
同意無しに無理やり魔力を奪い取れる魔術師の記録はあるが、現代でそれを行えば極刑は免れないだろう。
「そうだね……じゃあ、シロちゃんにもちょっとだけお願いしようかな」
「……はい、では」
おずおずと子供たちの中から出てくるサーシャ。そして、アオイの背中にそっと手を触れる。
「じゃあ、ガレイの負担を少しとって……その分、お願いするね、シロちゃん」
「はい……っ……! なるほど……ガレイさんが、苦しそうなわけです……」
魔力提供と同時に、サーシャの顔が険しくなる。
「やれやれ……白いのがやるなら、オレがやらないわけにはいかないな……アオイ、オレにも負担を回せ」
「いやはや。すすんで負担を引き受けるとは変わり者ですねぇ……ふひひ、ですが、私も変わり者になりたいですねぇ。アオイさん、私も魔力提供、いいですかね?」
ローザは仕方なくといった表情で、クフェアはにやにやとしてアオイの体に触れる。
「ローザ、クフェア……分かった。二人にもお願いするね」
「おっほ……っ! さすがアオイさん。何とも肌がみずみずしい……っ!」
「……この程度じゃないだろ、あんたの負担。これだけ人数いるんだ。もうちょい回せ」
「……いいの? みんなには辛いかもしれないけど……」
「辛かろうが何だろうがよ……オレたちは、背中預け合って、協力して、全員で生きて帰るんだろうが。今それが出来ねぇ奴に、戦場でそれが出来るかよ。だから、回せ。オレたちを頼れ」
その言葉で、はっとしたかのように他の子供たちもアオイの体に、アオイに触れている者に触れる。
その願いは、自分の魔力で少しでもアオイに楽になってもらうという一つのものだった。
「みんな……ありがとう。それじゃあ、もう少しだけ……」
一つの屋根の下、一つの家族として過ごしてきたからだろう。子供たちは既にまとまりを見せている。
「…………」
ゼクディウスは、その様子を静観するしかない自分の身を呪う。
魔術も使えない人間には、たとえ自分であっても呪うことなどできないと知りながら。
二十四章 END




