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章間 それぞれの別れ

 全員が荷物をまとめるのに、一晩は長すぎる時間だった。

 しかし、ラッカルッカを離れる支度は、荷物をまとめるだけで終わったわけではない。


「……ビスカ」

「なんすかー? ロベリア」

「……店長、嫌そうだったわね。働き手がいなくなることだけじゃなくて」

「まあ……戦争に行ってくるって言って、心の底から喜ぶような人はどこか変だと思うっすけど」


 子供たちは、自分たちとかかわりの深い人の家――小さな村のために、要は全員になるのだが――を訪れ、別れの挨拶をかわして歩いていた。


「まあ、そうよね……」

「……? ロベリア、なんか悩んでるっすね?」

「まあ、ね……分かっているし、決めたことではあるけれど……私に、何ができるのかと思うと、不安になるわ。あなたみたいに、基礎をすっ飛ばした高等魔術が使えるわけではないし」

「……ロベリア……」


 ロベリアが弱音を吐くのは珍しい。ビスカリアはロベリアがどれだけ不安なのか、その言葉だけで知ることができた。


「……ごめんなさい。忘れてちょうだい。今のは、私らしくなかったわ」

「ロベリア……ちょっと目をつぶるっす」

「……? まあ、いいけれど」


 ビスカリアの言葉に、少し考えてから従うロベリア。

 そして、目を閉じたロベリアの額に、ビスカリアはそっと口づけた。


「……え、ビス……カ……?」


 額の感触に、ロベリアはすぐさま目を開き、離れていくビスカリアの顔を見た。


「……ちょっとしたおまじないっす。デコちゅーならファーストにはならないっすし、ロベリアもウブラリアさんのための初めてとっておけるっすよ」

「……っ~! ビスカ! 人が真剣に話をしている時に……!」

「はは、ロベリアはやっぱ、怒ってる時の方がいいっすねぇ。元気ないのは、勘弁っすよ」


 そう笑うビスカリアに、ロベリアは脳天に手刀を一発叩き込む。


「いたた……そうそう、これっすよ。いつも通りになってくれて何よりっす」


 手刀の痛みで、ビスカリアはその場にしゃがみ込んで頭を抑える。


「ビスカ……あなたは、怖くないの? こんな、ふざける余裕があるくらいに?」

「……怖いに決まってるっすよ」


 先ほどまで明るく話していたというのに、急にビスカリアの声は真剣なものになる。


「たぶん、自分や、ロベリアだけじゃないっすよ、怖いの。先生だって、心の底じゃ怖がってるはずっす。でも……それを隠してるっす。そうしないと、皆がもっと怖くなるから。なんとなくそう思う以上……勝手にビビってらんないっす」


 しゃがみ込んで、うつむくビスカリア。立っているロベリアからは、その表情をうかがい知ることはできない。


「……ま、どっかでビビりを放出するのも必要だと思うっすよ。ずっと我慢してたら、人間って割と簡単に壊れるものっすから。ま、自分にできるのはこうやって気分を変えるくらいっすけどね」


 そう立ち上がるときには、ビスカリアの表情は笑みに戻っていた。


「……あなたって、真面目なときは真面目よね。ビスカ」

「そりゃ、本人が真面目になってるのに、その本人がふざけられたらびっくりっすよ……いや、真面目にふざけるときは、真面目なのにふざけてるんすかね?」

「おやおや~、お二人とも。カフェーでのご挨拶は終わりましたか~」


 妙に真剣な表情でビスカリアがそう口にしたとき、気の抜ける声がかけられた。


「あら、クフェア。そう言うあなたは、宅配屋からの帰りかしら?」

「まあ、そんなところですね~。元々狭い村。人手は足りてたので、こっちは心配するなと言われましたよ~」

「そうなんすか? まあ、こっちも似たようなもんすね。まあ、看板娘がいなくなるって意味じゃ? クフェアには負けてないっすけど?」

「私だって、そういう意味でも惜しまれましたよ~。やっぱり、この村の子供は大半が孤児院の子ですからね~。小さな村なおかげで、大半の大人は私たちの事を自分の子か、孫みたいに扱ってくれてましたし~」


 そこまで言うと、クフェアは一つあくびを挟む。今は仮にも深夜帯。やはり眠いものは眠いのだろう。


「でもまあ、そんな存在が戦争に行くって言いだしたら、皆反対しますよね~。人手は足りてるけど、考えなおす気はないかって言われちゃいましたよ~。私の場合、容姿の件もありますし~」


 フード越しに頭をかいて、クフェアは再びあくびをする。


「そうね。この村の住人なら、あなたにはもう慣れているけれど……やっぱり、外の人間は違うのかしら」

「同じだったら、私はたぶんここにいないですよ~。確かめるために先生にカミングアウトでもしましょうか~?」

「賛成と反対が半々ね。先生に隠し事をして、信頼関係を壊したくはないけれど……あなたの外見を必ず先生も受け入れてくれるとは限らない。必要に応じてってところかしら」

「ま、そうですよね~。私だって、むやみに頭をさらしたいとも思いませんし……それなりに臆病なんでしょうね、ふひひ」


 奇妙な笑い声を発すると、クフェアは不意に手を叩いた。


「あとで丘にでも行きませんか? しばらく離れる村の景色、見ておくのも悪くないでしょ~」

「悪くはないっすけど……今は夜っすよ? 月明りだけで見えるっすか?」

「……それもそうですねぇ。ウブラリアさん発案でしたけど、あの人、どうやって見るつもりなんでしょう」

「急に丘に行きたくなってきたわね……残りのあいさつ回り、ビスカにお願いしようかしら……」

「はいはい、ロベリアがウブラリアさんのこと好きなのはわかってるっす。けど、挨拶してく方を優先するっすよ?」

「冗談よ。本気にしないで」

「どう聞いても本気のトーンでしたがねぇ……」


 そんな話をしているのを、遠目に見ている少女たちもいる。


「あいつら……あいさつ回りまだ途中じゃないのか?」

「まあ、本人たち楽しそうだからいいんじゃない? それより、戻りましょうよ。一応あいさつ回り、終わったんだし」

「そうそう。サーシャさんのおかげでかなり効率的に回れたけど……なんでこんなに?」

「……村の地図を見たので……そこから地形などを考えて、あとは……最適化問題だったでしょうか……本で読んだ、そんなことをしただけですが……」


 ローザ、サクラ、ミウメ、サーシャの四人だ。彼女たちもロベリア達同様、村の中を回っていた。


「でも、普段が普段だから、そんなに話すことないのよねー」

「……そうですね。私も……村の中をじっくり見て回るのは……これが、初めてですし……」

「ああ。オレも話すこと、無かったな」


 四人の間に、なんともやるせない空気が漂う。


「……帰るか」

「……そうですね……私も、少し、疲れてきました……」

「そうね、ただ単に村の中を見て回るのは、もう十分したもの」


 そうして、四人は孤児院へと向かう。


「……思いだすなぁ。あの時は、この村を飛び出す前に、一目くらいと思って回ったっけ」

「規模こそ違えど、私たちがやろうとしたことと、同じようなことになっちゃったわね」

「まったくだな……」

「……ですが、あの時と違うのは……お兄さまの協力がある、ということです……ご実家の、支援もあるようですし……」

「そこまでやるなら、オレたちが提案した時に首縦に振りゃ良かったんだよ……」

「……お兄さまは、あの時はまだ探していらしたのです……誰も、犠牲にならない、優しい……理想を」

「現実見た結果がこれか?」

「……甘めの、現実ですが。お姉さまがうらやましい限りです……」


 その言葉は、明らかに嫉妬だった。

 愛しく思う男が、自分以外の女のために、全力を尽くす。

 それは、サーシャにとっては嫉妬するに十分たるものだった。


「ところで、サーシャさん。ちょっと気になるのだけど」

「……? なんでしょう、ミウメさん……」

「サーシャさんは、なんでそんなに先生のことが好きなの?」

「あー、たしかに。アオイさんに対しても警戒してたのに、先生に対しては何て言うか……あけっぴろげよね」

「…………」


 その言葉に、サーシャは少し考えこむ。


「強いて言うなら……直感、でしょうか」

「直感……? なんとなく、この人いいなぁ、ってこと?」

「……私自身、どう説明をすべきかいまいちつかめないのですが……お兄さまは、信頼して良いように思えたのです。それがきっかけで……今、こうしてみなさんとお話もできますし……」

「なんとなくであそこまで好きになれるものなのね……」

「……サクラさんには……恋愛は、まだ早いでしょうか」

「なによ! 私にだって好きな人くらいいますー!」


 その言葉を発してしまってから、サクラは後悔する。

 サーシャが、普段見せないような笑みを浮かべているのだ。


「サーシャさん、なんていうか……下卑た笑み、似合わないわね」

「……ちなみに、好きな方というのは」

「……言わなきゃダメ?」

「……いやなのでしたら、無理にとは言います」

「…………あー、もー。そうね、私が先にこの話題振ったんだから、これくらい答えないとね……そのかわり、引かないでよ?」


 咳ばらいを一つして、サクラは続ける。


「私はミウメのことが好き」

「え? 私もサクラのことが好き」

「つまり両思い?」

「「やったね」」


 流れるような一連の会話。そこには口を挟む余地などなかった。


「……家族として、ではなく、異性として、好きな人を聞いたのですが……」

「だったら今のが答えよ?」

「まあ、ここに来る前にちょっとあったものね。あんなことがあれば、性別の壁とか、倫理観の壁とか粉砕できるわよ」

「「ねー」」


 その二人の言葉を聞いて、サーシャは深く聞くのをやめた。

 創造と破壊の究極の形を扱える双子の姉妹の言う“ちょっと”が、自分の考える“ちょっと”の域で済むとは思えなかったのだ。


「まあ……同性間でも恋愛は成り立つでしょう……それに、その分恋敵は減りました」

「「……私たちの事も、そう思ってたのね……」」


 そんな話をしながら、夜は深まっていく。

 翌日からの闘争に備えた、一時の安らぎ。

 孤児たちは、自分の親代わりになってくれた人々への礼を告げながら、夜を過ごした。


 そして、非情な朝はやってきた。


章間 END

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