二十二章 暴策
その日の夕飯時となった。ゼクディウスは全員が集まるこの時に計画を実行すると決めていた。
しかし、その胸の内では葛藤も秘められている。
その計画は、アオイを戦場に行かせないという結果よりも、全員を死なせないという結果に至るものだと分かっているからだ。
それだけなら、まだ良い。むしろ、それが正解だと思える。
だが、その過程が危険なことこの上なく、成功率が低いということも理解している彼にとって、本当にこれで良いのだろうかという思いのほうが強いのだ。
逡巡する間に、食前の祈りは終わり、夕飯が始まる。
「……みんな。少し、聞いてほしいことがある」
それでも、これを言わなくてはアオイだけが危険にさらされる。それは、ゼクディウスの中でも説明できない感情ながら、許せないことなのだ。
「……アオイのところに、徴兵の知らせが来た」
その言葉に、食堂は驚きでどよめいた。
ここまで口にしては、もう後には引けない。ゼクディウスは覚悟と共に続きを口にする。
「みんなは……アオイの事をどう思っている? 戦争を終わらせるための犠牲にしていい人間か? それとも、愛すべき家族か?」
「ゼクさん! やめてください……そんなこと、皆に言うようなことでは……」
「……ダンナ、続けてくだせぇ。あっしが思うことは、アオイの姉御と正反対でさぁ」
アオイの声を止めたのは、ガレイの声だった。
「ガレイまで、何を言っているの? これは私の問題よ、みんなには関係ない……」
「関係あるでしょう。アオイさんは俺たちの家族です。それとも、そう思っているのは俺だけですか?」
「ウブラリアさんのおっしゃるとおりです。私には、他人事とは思えません」
「自分もそう思うっすよ……アオイさん、なんで話してくれなかったっすか?」
「同意すること、この上ないですねー。アオイさんの身に起きていることを他人事にしろ、というのは私にはちょっとできそうもないです」
皆の言葉に、アオイは少なからず動揺を見せる。
「……でも……分かりました。皆がそう思うなら……ゼクさん。続けてください」
それでもなお反論しようとするが、なにも言葉が見つからなかったのだろう。アオイは仕方なくと言った様子で続きを促す。
「俺は、このことを知ってからどうすればアオイを戦場に送らなくて済むか考えていた……だが、結論だけ言おう。平和的に終わるという条件付きでは、その手段は存在しない」
「まあ、当然だわね。国の命に逆らうということは、当然国を敵に回すことなんだから。それで? あんたはそこからどう考えた?」
アカネの言葉に、ゼクディウスは一瞥を返し、続きを話し出す。
「……ここにいる人間は、その大半が魔術に関する分野で相当高度なことができる。その魔術単体では戦力として数えられるほどではなくても、周りと協力すれば十分戦力になるだろう」
一度言葉を切り、ゼクディウスは全員の目を見た。
その大半は、言葉の続きを分かっているように見える。そして、その言葉への返事すら決めているような、決意に満ちている。
「アオイ一人では負担と危険が大きいのなら、ここの全員が手伝えばいい。家事を手伝うように、戦いを手伝うんだ。難しいことかもしれないが、アオイを生き残らせるために俺たち全員が力を合わせるんだ!」
その決意に応えるように、ゼクディウスはその言葉を口にした。
「それがあんたなりに考えて出した答えってわけかい? 口先は達者だが、あんたは何をするんだい? 魔術を知らないどころか、魔力すら持たないあんたにできることは?」
「アカネさん……あなたの言うとおりです。俺には、こうして考えるくらいしかできないでしょう。ですが、戦場において考えるということは、時に何人の兵が力を合わせようと生み出せない結果を生み出すこともあります」
「軍師をするってわけだね? だが、志願兵なんて適当な部隊に送られるだろう? あんたみたいなぽっと出が、その部隊全ての策を考えさせてもらえるとでも?」
「そんなに都合のいい考えは持っていませんよ……俺は、親のすねさえかじればいろいろできますからね。親のコネと財力、最大まで利用してここの全員を同じ部隊に配属させます。それができるくらい軍の上層部が腐敗していれば、俺がその部隊の軍師になるくらいできるでしょう。そうなれば後は簡単です。俺が、ここの全員を、生かすための作戦を立てるだけです」
「……ふぅん。そういう考えに至ったかい……」
「ええ。ついでに言うと、アオイの口添えもあれば、この案の成功率は上昇します」
そこまで話すと、ゼクディウスは視線をアカネからアオイにうつした。
「……アオイ。選んでくれ。お前ひとりで死ぬか、ここの全員で生きるか。どちらかしか選べない」
ゼクディウスの問いかけに、アオイは何も答えず、言葉の代わりに首を横に振った。
そんな選択、自分にはできないというように。
「……お姉さま。私は、誰かに守られて生きるより、誰かを守って生きたいです。その誰かが、お姉さまや、お兄さま……ローザさん、サクラさん、ミウメさん……ここにいる、家族のことなら……なお良いと、思います」
「オレは衛生兵とか、後方支援になるだろうけど……生きてさえいればどんな傷でも治してやるさ。白いのがこう言ってるわけだし、死ぬような傷で帰ってくるやつはいないだろう」
サーシャ、ローザがそう口にする。それでも、アオイはただうつむいている。
「アオイさん……そんなに私たちの事、信じられないかしら?」
「私たちは敵の攻撃を防ぐ盾にも、鉾にもなれるわ。十分戦力になれると思うの」
サクラ、ミウメがそう続ける。
「……私には、できません。皆の命をかけさせるようなこと……」
「アオイ。ゼクディウスの言い方、少しばかり悪かったかもしれないね」
なおもためらうアオイに、アカネはそう声をかけた。
「あんたは皆の命をかけてまで自分が助かりたくないと思っている。けどね……ここにいる全員、もう決めちまったみたいだよ? 自分の命をかけてでも、あんたを助けたいってね。じゃあ、あんたはどうする? その決意、無駄にさせるのかい?」
「……私に、皆の命をかけさせるような価値が、あるのでしょうか……」
「おかしなことを聞く子だねぇ。あんたは守ろうとしていないものを守りたいなんて思うかい? 心配しなくていい。あんたは守られる価値のある人間だよ。一級魔術師だからじゃない。アオイ・パークウェルという一個人として、守られる価値がある。そんな下ばっか見てないで、顔をあげて周り見てみな。あんたを守りたくて、助けたくて仕方がないって顔してるやつばっかだよ」
アカネの言葉。それでアオイはこの話が始まってから初めて顔をあげた。
そして、一人一人と目を合わせる。その目の奥の意志を確かめるかのように、時間をかけ、ゆっくりと。
「……みんなは、それでいいの?」
当然だとばかりに、全員が首を縦に振る。
「……後悔、しない?」
泣きそうな声で問うアオイ。
その言葉にも、やはり全員の首肯が返される。
「アオイ……一番危険のない立場にいるのが俺で、一番お前のことを知らないのも俺だろう。でもな、お前みたいなやつを死なせたくないと思うんだ。俺以上にお前のことを知ってるこいつらが、お前を死なせたくないって思って、それを実現するための行動に出ないわけがない」
そっと、ゼクディウスは語りかける。
それにアオイは涙をあふれさせてこう答えた。
「みんな……お願い。助けて……」
その言葉への返答は、ただ一つしかなかった。
二十二章 END




